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連載・特集

ヒロシマ胎動 第1部 戦場のイラク <2> 白血病棟

乏しい薬 患者は急増

 手書きで病院名が記してあった。バグダッド中心部にある「中央教育小児病院」。フセイン政権崩壊後、それまで病院名の頭についていた「サダム」の名を消したのだという。国を代表する拠点病院とあって、戦争に傷ついた市民らが多数運び込まれている。

 夕刻、患者と付き添いの家族で込み合う廊下。紙包みを両手で抱えた男性とすれ違った。紙の合わせ目から、亡くなったばかりの赤ちゃんの足がのぞいた。男性は首を振りながら立ち去った。ぼう然と見送るしかなかった。

 がん・白血病担当のムハンマド・ハッサン医師(28)は、会うなり嘆いた。「金も薬もない。驚くほど患者が増えている。一週間で少なくとも、がんと白血病で三人は新たな患者がやってくる」

 白血病の子どもたちは六人部屋に集められていた。患者は抵抗力が落ちるが、感染症を防ぐ無菌室はない。室内にハエが飛び交う。

「死ぬのは孫」

 調査団の森滝春子さん(64)=広島市佐伯区=が一人ひとりに話し掛け、持参した絵手紙を配っていた時だった。

 「こんなものはいらない。私がほしいのは薬なの」。老女がまくし立てた。「米国はサダムを倒すと言ったけど、サダムは逃げ、犠牲になったのは市民ばかり。次に死ぬのは私の孫だ」

 傍らに、七歳の男の子が横たわっていた。息が荒い。鼻と口から出血が止まらない。その様子をしっかり見るようにと、老女は促した。

 「この子は湾岸戦争で使われた劣化ウラン弾の影響だろう。もう助からない」。ハッサン医師は静かに語った。「ベッドが二つ空いているでしょう。今日も亡くなったんです」

 劣化ウランが燃焼して生じる酸化ウラン微粒子を吸い込むと、骨や腎臓に蓄積され、体内で放射線を出し続ける。空爆の下を生き延びたとしても、治療に必要な薬は手に入りにくい。「市場の薬は高くて買えず、病院でもらった薬を半分に割って飲ませた」と、別の病室の母親は振り返った。

 今回のイラク戦争だけでなく、湾岸戦争とその後の経済制裁で、イラクでは薬や医療機器が慢性的に不足してきた。いま、世界各国の非政府組織(NGO)などが病院に医薬品を届けている。しかし、「十分な量とはいえない」とハッサン医師の嘆きは続く。

「私を助けて」

 イラク南部にあるバスラ産科小児病院。そこでも白血病を患う女児ファーティマさん(9つ)と出会った。森滝さんが「どこが痛いの」と問い掛けると、注射痕が残る細い左腕を見せ、幼い声でぽつりと言った。「私を助けてください」

 同じ病室で看病する母親たちは、悲しそうに黙ってうつむいた。

 「戦争と経済制裁が、この国の子どもたちを殺している」。この病院のジョナン・ハッサン医師(47)は言い切った。

(2003年7月12日朝刊掲載)

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