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連載・特集

ヒロシマ胎動 第2部 「平和がいい」 <2> 千人祈

ネット上思いを交換

 携帯電話が震えた。友だちからのメールだ。広島市佐伯区の会社員仲山禎子さん(25)は、首をかしげて液晶画面を眺めた。いつものような遊びの誘いではなかった。

 「イラク戦争に反対するイベントがあるんだけど、来ない?」

メールで誘い

 今年二月下旬、米英軍がイラクを攻撃するのか、あるいは戦争は避けられるのか。国連安全保障理事会などを舞台に、各国の思惑が交錯していたころ。仲山さんはインターネットをのぞいてみた。「戦争反対」を訴える同年代の若者たちの姿が、あちこちのニュースサイトに映し出されていた。

 「私も戦争は嫌よ。その気持ちを表現できる場があるんだったら行きたい。何もしなければ、きっと後悔する」

 三月二日、中区の中央公園。六千人の人文字集会は終了後、平和記念公園までの一キロ余りをピースウオークした。ギターを鳴らし、歌う人がいて、まるで祭りのパレードのように思えた。

 開戦直後の三月二十三日、今度は原爆ドームを「平和のリボン」で囲む輪に加わった。やはり誘いは、メールで届いた。

 「行っても、行かなくても、結果は変わらなかった。でも、遠巻きに戦争を眺めるのはいけない。私なりに行動ができたと思う」

 人と人をつなぐ電子メールやインターネット。若者たちは瞬時に、戦争への疑問や嫌悪感をやりとりした。思いを言葉や行動に変え、形にした。

 イラク戦争さなかの三月二十六日、反戦の言葉を募るホームページ(HP)「千人祈(せんにんき)」が立ち上がった。東京の二十代の三人が始めた。大規模な戦闘が終わった五月二日までに、国内外からの書き込みは五千五百件を超えた。

話し合い大切

 広島市安佐北区から米ニューヨーク市の大学に留学している林なつみさん(22)も書き込んだ一人。大学には世界中の若者がいて、イラク戦争に賛成する人も、反対する人もいる。三月末、教室でのこんなひとこまをHPに送った。

 〈後ろの席の彼はバグダッド出身。「家族はどうしてるの?」と白人の教授が聞いた。「…みんな、今もバグダッドにいます。もう、電話も通じないけど」。クラスのみんな、下を向いた。誰も、何も言えなかった。言えるはずもない。その日の新聞の見出しは、「バグダッドまであと五十マイル」〉

 祖母たちの被爆体験を聞き、「戦争はいけない」と教えられて育った。「自分を押し付けるのではなく、戦争とは何かを知り、話し合うことが大切ですね」。今はそう思う。

 「千人祈」は「言葉でつづる千羽鶴」との思いから名付けた。発起人の一人、放送作家大嶋智博さん(29)=東京都大田区=は言う。「平和ボケしていると言われる時代。自分の考えを掘り起こし、見つめてみることも大事だと思うんです」

 集まったメッセージは六月、一冊の本になった。

(2003年7月19日中国新聞セレクト掲載)

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