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連載・特集

ヒロシマ胎動 世界の核情勢 予断許さず

小型化・対テロ使用…

 二〇〇一年九月十一日の米中枢同時テロは、アフガニスタン空爆にイラク戦争と続く紛争の契機となっただけでなく、核兵器をめぐる各国の情勢にも急速な変化をもたらした。「核抑止力」による均衡が続いた東西冷戦時代とは異なり、とりわけ米国は「テロ対策」などを名目に、核の先制使用を辞さない構えを見せ、小型核兵器の開発などに動き出している。核兵器廃絶が遠のく事態に、被爆地広島はどう立ち向かえばいいのか。前田哲男氏のインタビューを交え、世界の核情勢を展望する。(江種則貴、金井淳一郎)

米露など

抑止力から「実用」へ

見えぬ廃絶の動き

 二〇〇〇年五月、国連であった核拡散防止条約(NPT)再検討会議は、核兵器廃絶の「明確な約束」を含む最終文書を採択して閉幕した。しかし、その後の世界情勢は、核保有国を交えた全会一致の「約束」をほごにするかのようだ。

 例えば〇一年九月に米中枢同時テロを受けたブッシュ米政権は、翌〇二年一月、核体制見直し(NPR)を公表した。後に暴露された未公開部分には「核兵器は米国、同盟国、友好国の防衛能力において決定的な役割を演じる」とし、将来にわたって廃絶の意思がないことを明言している。

 さらに米国は、核に「抑止力」以上の役割を与えようとしている。〇二年八月、米国防総省が公表した国防報告は、大量破壊兵器などの行使を目指す敵に対し、核兵器を含む先制攻撃も辞さない方針を明記した。

 今年三月に始まったイラク戦争で、米軍は「放射能兵器」と呼ばれる劣化ウラン弾を使った。米エネルギー省は四月、核兵器の起爆装置として使うプルトニム・ピット(塊)を十四年ぶりに製造した。

 さらに五月、それまで五キロトン以下の小型核兵器の研究・開発を禁じていた「ファース・スプラット条項」の廃止を米上院が可決。研究段階を超えて開発作業に入るには議会承認が必要などと一部修正はしたものの、五キロトンは「小型」とはいえ、広島原爆の三分の一に相当する威力である。下院もほぼ同様の内容を可決した。

 同時に上下両院が可決した国防歳出権限法案は、「強力地中貫通型核兵器」の研究着手の予算も含む。イラク戦争でも使われたバンカーバスター(特殊貫通弾)に核弾頭を搭載する構想だ。

 こうした「小型核」開発のため米政権は、一九九二年以来中止している地下核実験の再開もにらんでいる、とされる。

 一方、この間の〇二年五月、米ロは双方の戦略核弾頭を一二年までに現在の三分の一程度の千七百―二千二百個に減らす戦略攻撃兵器削減条約(モスクワ条約)に調印。今年六月の批准書交換により発効した。

 しかし、削減した弾頭の廃棄は義務付けず、将来の再配備の余地を残しているため「欠陥条約」との指摘は根強い。財政難のロシアにしても、維持コストが大きい戦略核よりも小型の戦術核に自国の安全保障を委ねる傾向もある。

 このほか英国、フランス、中国も、核兵器廃絶への動きは、まだ見えない。

北朝鮮

核施設の再稼働言明

体制維持の「カード」か

 北朝鮮は核兵器開発に走っているのか、あるいは、そう見せかける「外交カード」なのか。情報は錯そうし、真偽はいまひとつ定かではない。

 今月十五日の米紙ニューヨーク・タイムズは、北朝鮮が米国に、使用済み核燃料棒の再処理を完了し、核爆弾六個分のプルトニウムの抽出を終えたことを伝えた、と報道した。プルトニウムが五キロ程度あれば、一個の核爆弾ができるとされる。

 一九九二年、北朝鮮は国際原子力機関(IAEA)への報告で、平壌の北約九十キロの寧辺に、実験用原子炉や放射化学研究所(再処理施設)があると明らかにしている。九四年、この原子炉から約八千本の使用済み燃料が取り出され、米朝間の緊張が一気に高まった。八千本には二十五―三十キロのプルトニウムが含まれるとされ、今回の抽出量とほぼ符合する。

 結局、軽水炉や重油の提供を受ける見返りに、北朝鮮は再処理施設を凍結するという米朝間の「枠組み合意」が成立。日本や韓国が加わって朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)が設立され、九七年、軽水炉建設準備に着工した。

 しかし、北朝鮮が核開発を継続しているとして米国が重油の提供停止を決めたことを契機に北朝鮮は〇二年十二月、核施設の再稼働を言明。今年一月になって核拡散防止条約(NPT)からの脱退を宣言するなど、あらためて緊張が高まった。

 背景には、イラク戦争でフセイン政権があっけなく崩壊したのを受け、体制維持には「核カード」が欠かせない、と北朝鮮側が判断したとの見方が根強い。NPT脱退は、宣言から三カ月で効力が生まれるが、日本政府が「手続きに疑義がある」と主張するなどして、国際社会は最終結論を下していない。

 今後も米朝間の協議に委ねるか、多国間協議に移行できるのかも含め、問題解決の枠組みも定まっていない。

中東・南アジア

イランへの疑惑が浮上

 ブッシュ米大統領は〇二年一月、就任後初の一般教書演説で、大量破壊兵器を追求する三カ国を「悪の枢軸」と呼んで非難した。北朝鮮とイラン、イラクである。

 イラクに対し米国は、英国とともに戦争を仕掛け、フセイン政権を崩壊させた。しかし、開戦前から国連安全保障理事会などで各国は反発し、「国連決議のない武力行使であり、正当化できない」との批判は今も続く。何より、米国が戦争の「大義」としたイラクの大量破壊兵器は見つかっていない。

 このため、「イラクの石油利権が目当てだったのか」との観測とともに、中東に欧米流の民主主義を持ち込み、パレスチナとの和平の道がまだ定かではない親米のイスラエルを擁護するのがイラク戦争の真の狙い、との見方も消えていない。

 米国はまた、イラクの隣国イランへの圧力を強めている。イランはロシアの支援で原子力発電を推進してきたが、反体制組織のイラン国民抵抗評議会が今年五月、ハタミ政権がひそかにウラン濃縮に乗り出しているとの疑惑を米国で公表した。果樹園でカムフラージュして遠心分離機などの施設を整えている、とされる。

 一方、南アジアでは、九八年に相次いで核実験を実施したインド、パキスタンのカシミール地方の領有をめぐる対立が解決していない。両国は核実験後、競うようにミサイル発射実験を繰り返している。

2000年のNPT再検討会議が採択した最終文書 要旨

●包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期発効とそれまでの核実験禁止
●兵器用核分裂物質生産禁止(カットオフ)条約交渉の5年以内の妥結
●核兵器の全面廃絶に向けた核保有国の明確な約束
●第二次戦略兵器削減条約(START2)の早期履行、START3交渉の早期妥結
●弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約は戦略的安定のかなめとして維持、強化
●核保有国による一方的削減へのさらなる努力
●核兵器と軍縮協定実施についての透明性強化
●全核保有国による核廃絶に向けたプロセスへの関与
●軍縮の究極的目標は(通常兵器を含めた)全面完全軍縮
●インド、パキスタンの核実験実施を憂慮
●国際原子力機関(IAEA)の保障措置は核不拡散体制の基本
●インド、パキスタン、イスラエルなどNPT未加盟国に加盟を促す
●核物質の不法移転の防止と国際協力の重要性を確認
●放射性物質の海上輸送は沿岸国の懸念に留意

2000年以降の動き

00年 5月20日 核拡散防止条約(NPT)再検討会議で核兵
          器廃絶を明確に約束
01年 1月24日 欧州と旧ソ連諸国でつくる欧州会議が、劣化
          ウラン弾の全面禁止を決議
    9月11日 米中枢同時テロ発生
   10月 7日 米軍がアフガニスタンへの空爆開始
   11月11日 国連本部で包括的核実験禁止条約(CTB
          T)の発効促進会議。米国は参加をボイコッ
          ト
   12月13日 ブッシュ米大統領がロシアに、弾道弾迎撃ミ
          サイル(ABM)制限条約からの一方的脱退を通告
   12月22日 アフガニスタン暫定政権が発足
02年 1月 9日 米国防総省が「核体制の見直し」の概要発表
    1月29日 ブッシュ米大統領が北朝鮮、イラン、イラク
          を「悪の枢軸」と非難
    2月27日 「終末時計」の針が2分進み、世界滅亡の7
          分前に
    3月15日 「核体制の見直し」機密文書の概要が明るみ
          に。地下施設を破壊する新型戦術核爆弾の開発を提唱
    5月24日 米ロ首脳会談で「戦略攻撃兵器削減条約」
          (モスクワ条約)に調印
    5月31日 福田康夫官房長官が非核三原則を将来見直す
          可能性に言及
    8月 7日 北朝鮮で、朝鮮半島エネルギー開発機構(K
          EDO)が建設する軽水炉の収容施設に着工
    8月15日 米国防総省が02年国防報告を公表。核兵器
          の先制攻撃を辞さない方針を明記
    9月17日 日朝首脳会談。対話による朝鮮半島の核問題
          の包括的解決など平壌宣言を発表
    9月28日 中央アジア5カ国が非核兵器地帯条約に基本
          合意
   10月16日 北朝鮮が核開発認めたと米国が発表
   11月27日 イラクの大量破壊兵器開発疑惑で、国連監視
          検証査察委員会(UNMOVIC)が査察再開
   12月12日 北朝鮮が、米国の重油提供中止に対し、核施
          設の稼働再開を発表
03年 1月10日 北朝鮮が、核拡散防止条約(NPT)からの
          脱退を宣言
    3月 2日 広島市内でイラク攻撃に反対する6000人
          の人文字集会
    3月20日 米英軍がバグダッドへの空爆を開始
    3月26日 米中央軍がイラク戦争での劣化ウラン弾使用
          を認める
    4月15日 パウエル米国務長官が、シリアとイランの大
          量破壊兵器開発・保有への懸念を示す
    4月24日 北京での米中朝会議に出席した北朝鮮が核兵
          器保有を表明したと米CNNが報道
    4月24日 米エネルギー省が、核起爆装置となるプルト
          ニウム・ピット(塊)を14年ぶりに製造再開したと発表
    5月 1日 ブッシュ米大統領がイラク戦争の「戦闘終
          結」を宣言
    5月22日 米上下院が04会計年度の国防歳出権限法案
          (国防予算案)を可決。爆発力5キロトン以下の小型核兵器の研究へ
    7月15日 米紙ニューヨーク・タイムズが、北朝鮮が使
          用済み核燃料の再処理完了を米政府に伝えた、と報道

東京国際大 前田哲男教授に聞く

米、武力背景に秩序づくり/北朝鮮、使用可能な核ない

ヒロシマ発の訴えに期待

 ―米国のブッシュ政権が核兵器の先制使用に言及するなど、核をめぐる世界情勢が変わりつつあります。

 背景には核の脅威の質の変化がある。冷戦期の核兵器は「使える武器」ではなく、核抑止論に基づく「政治的な武器」だった。米ソ両国は「一度核兵器を使えば人類は破滅する」という恐怖感を共有し、さまざまな交渉を通じて互いの思惑を探ることができた。最悪の場合を想定した首脳間のホットラインもあった。

 しかし、フセイン政権崩壊前のイラクや北朝鮮、イランなどの「核疑惑国」と米国との間には、旧ソ連とのように「対立しながらも協調する」関係は存在しない。その結果、米国は唯一の超大国となった立場を利用し、武力を背景にした秩序づくりをしようとしている。

 ―イラク戦争の「大義」である大量破壊兵器は発見されず、情報操作の疑いが持たれています。

 大量破壊兵器の疑惑を戦争の口実に利用したのだろう。米国がフセイン政権を倒した本当の狙いはイラクの石油支配であり、イスラエル擁護の立場をとる中東地域戦略の一環でもある。これは米国が次の「標的」にするイランの核開発問題でも同じだ。

 ―北朝鮮の核開発問題でも米朝間の対立は深まっています。

 個人的には、現段階で北朝鮮の技術が使用可能な核兵器を保有するまでに達しているとは思っていない。しかし、このままだと核実験、核兵器保有宣言と突き進み、対抗するために米国が武力行使に踏み切る最悪の事態を招きかねない。

 北朝鮮は、核拡散防止条約(NPT)からの脱退宣言や韓国と交わした非核化共同宣言の白紙化を一方的に発表した。これらを容認することはできない。国際社会が一致して核開発計画の放棄を迫る努力を続けなければならない。

 ―解決の見通しは。

 重要なのは米国への働きかけだ。北朝鮮は、朝鮮戦争は休戦状態で、今も戦争が続いていると考えている。いつでも韓国に核兵器を持ち込める米国は脅威だ。根本的な解決のためには、核保有国がNPTで規定された核軍縮に向けた「誠実な交渉」を実行することが不可欠だ。

 ―米国の今の姿勢からは、核軍縮の働きかけは難しそうです。

 米国で核戦略を立案する人たちは広島、長崎の実態をほとんど知らない。戦後の世界を核戦争の瀬戸際に追い込んだキューバ危機(一九六二年)も「過去の出来事」としか考えなくなっている。

 さらに、技術の発達で核兵器の小型化や爆発威力の制御が可能と考えられるようになり、核の脅威が実感できなくなっている。イラク戦争で使用された劣化ウラン弾を通常兵器と位置付ける姿勢もその表れだ。これは米国に限らず、ロシアやフランスなど他の核保有国にも言えることだ。

 ―被爆地はどう取り組むべきですか。

 核をめぐる世界情勢の変化に加え、昨年は日本国内でも非核三原則の見直し発言が政府首脳から飛び出した。被爆体験は今、「昔々の物語」になりかねない状況にある。

 必要なのは被爆の実相を訴えると同時に、平和をつくり出すためのより具体的なメッセージの発信だ。例えば、北東アジアの非核地帯条約締結やNPT体制の保持を呼びかけるといった提案は、「ヒロシマ発」となることで訴える力は増大されるはずだ。

まえだてつお

 福岡市生まれ。長崎放送記者、フリージャーナリストを経て1995年から現職。軍縮・安全保障論。著書に「非核太平洋・被爆太平洋」(筑摩書房)、編著に「現代の戦争」(岩波書店)など。64歳。

(2003年7月22日朝刊掲載)

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