×

連載・特集

命の粒まいて10年 被爆樹木の種・苗 世界各地へ送付 グリーン・レガシー・ヒロシマ

38ヵ国・地域で芽吹く

 被爆樹木の種や苗を世界に送っている広島市の市民団体「グリーン・レガシー・ヒロシマ・イニシアティブ(GLH)」が、活動開始から今年で10年を迎えた。原爆の惨禍と復興を伝える一粒の「命」は、38カ国・地域の124カ所で芽生え、根を張っている。(金崎由美、湯浅梨奈)

 広島城跡(中区)に立つクロガネモチの下に14日、国連訓練調査研究所(ユニタール)のナスリーン・アジミ特別上級顧問(62)と市民ボランティアが計12人集まった。爆心地から約910メートルで熱線と爆風、放射線に耐えた一本だ。樹木医の堀口力さん(76)が、実を付けた枝を注意深く選び、摘み取った。「慎重に行わないと、木を傷つけてしまいます」。敷地の管理者から事前に許可を得ることも、種の採取には不可欠となる。

 参加者は直径数ミリの赤い実を指先でつぶしていった。このクロガネモチの種は、すでに南アフリカのキルステンボッシュ国立植物園をはじめ17カ国・地域の大学、公園、平和団体などに届けられている。

 GLHは2011年、アジミさんが中区のNPO法人「ANT―Hiroshima」の渡部朋子理事長(67)と共同で創設した。09年までユニタール広島事務所の初代所長を務め、紛争地の復興を担う人材育成に携わった経験から「被爆樹木の種や苗を世界で育ててもらうことで、ヒロシマの願いを伝えたい」と思い立った。

 GLHは同事務所に事務局を置き、平和首長会議(会長・松井一実広島市長)、県、広島大などと「被爆樹木ワーキンググループ(作業部会)」をつくって連携。現在、広島城のクロガネモチのほか、縮景園(中区)のイチョウなど9種類11本の種の在庫がある。いずれも堀口さんが洗浄や選別を施し、GLHと協定を結ぶ市植物公園(佐伯区)で冷蔵保存。海外の希望団体への送付が決まると公園の担当者が神戸植物防疫所広島支所(南区)に持ち込み、検疫を受ける。

 「樹木医、行政、市民―。多くの人たちの協力あっての活動です」と渡部さんは実感を込める。譲渡先には成長の様子を報告してもらい、一過性でない平和交流につなげることを重視している。パレスチナ自治区、アフガニスタン、ルワンダなど、核兵器の被害だけでない、紛争やあらゆる人道危機に市民が苦しんできた地にも広まっている。

 アジミさんは「原爆の生き証人は、自然の力を皆に感じさせ、戦争や破壊とは対極にある。市民の善意に基づく活動を末永く続けたい」と話す。

国内にも広がる活動 120市区町村へ
 グリーン・レガシー・ヒロシマ(GLH)と「被爆樹木ワーキンググループ」などを通して連携している団体も、日本国内で被爆樹木の種や「2世」の苗木を広める活動を進めている。

 広島大は被爆75年の節目を機に昨年から、GLHが保存する種を育てた苗木20本余りを東広島キャンパス内に植樹している。この企画に関わっている同大国際室の嘉陽礼文研究員(43)は「事前に苗木の越冬試験をするなど、植える場所の選定に試行錯誤した。大切に育てていく」と話す。

 平和首長会議は、国内の加盟自治体への植樹呼びかけを強化しようと、ウェブサイトの専用ページを一新した。苗木を植えた自治体のリストを新たに掲載。千葉県匝瑳(そうさ)市で児童が被爆アオギリ2世の苗木を植える様子など、育成の実例を写真で紹介している。

 同会議は2014年から、国内に広島の被爆アオギリ2世と長崎の被爆クスノキ2世の苗木、海外には被爆イチョウなどの種を配っている。今月1日現在、31都府県の120市区町村、海外へは18カ国の82自治体と4団体に広まった。「各自治体でも育ててもらうことで、市民の平和への思いと関心が高まるきっかけになってほしい」としている。http://www.mayorsforpeace.org/jp/vision/initiatives_tree.html

広島の被爆樹木
 広島市は爆心地からおおむね2キロ以内で被爆した樹木を登録しており、現在約160本が残る。老木化が大きな課題だ。「2世」の種や苗を贈る運動としては、1980年代に被爆者の故沼田鈴子さんや元中学教諭の故江口保さんたちが、被爆アオギリの種の配布を開始。現在まで、広島東南ロータリークラブ(中区)をはじめさまざまな団体や個人が積み重ねている。

(2021年11月22日朝刊掲載)

年別アーカイブ