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連載・特集

ヒロシマ胎動 座談会 9・11とイラク戦争 戦いの連鎖 歯止めを

《出席者》
広島修道大法学部教授(国際政治学)     菱木一美さん
原爆資料館館長               畑口実さん
核兵器廃絶をめざすヒロシマの会共同代表   森滝春子さん
ネバーアゲインキャンペーン(NAC)前大使 野上由美子さん
司会 中国新聞社会・経済グループリーダー  栗林寛二

 二〇〇一年九月十一日の米中枢同時テロ、アフガニスタン攻撃、そしてイラク戦争…。米国がテロや大量破壊兵器の撲滅を名目に、力の論理をかざして突き進むなか、世界は、戦いの連鎖を断ち切る方策を見つけられないでいる。一方、イラク戦争を契機とした反戦運動は、六千人の人文字集会など被爆地でも新たな芽生えを予感させた。ヒロシマにとってイラク戦争とは何だったのか―。二十一世紀の戦争に対峙(たいじ)するヒロシマの在り方を探るため、広島修道大の菱木一美教授ら四人に課題や展望を語り合ってもらった。(本文敬称略)

軍事力で「悪」除去 菱木さん

■テロの衝撃

 ―米中枢同時テロは、その後の世界を大きく変えました。
 畑口 ロシアでの原爆展から帰国し、成田空港であの映像を見た。何度見ても現実のものとは思えなかった。あの事件はなぜ起きたのか。私は、世界の「グローバル化」を米国が自分の目線で進めることへの反感だったと思う。テロ以降、ブッシュ政権は、国民、世界が一体となってテロをやっつけようと訴え続け、直後に臨界前核実験を行い、アフガニスタン空爆に及んだ。

 野上 私がネバーアゲインキャンペーン(NAC)で米国に渡ったのがテロ翌年の二〇〇二年一月。まだアフガニスタン攻撃の影響で、「平和」を口にすれば「愛国的ではない」というとらえ方をされた。学校側も(被爆体験などを伝える)私たちの受け入れに敏感で、先生たちから「平和の訴えは大切だけれど、学校としては受け入れにくい」と聞いたりした。言論の自由がある国と思っていたが、すごく怖い状況だと思った。

 菱木 米国の価値観で世界を運営していくのが、米国にとってのグローバリズムであり、「正義」だ。その価値観に従わない国は「悪」であり、除去しなければならない。これがブッシュ政権のイデオロギー的側面だと思う。

 米国が生み出した大量生産、大量消費に象徴される資本主義を発達させ、その資本主義を世界に普及させていく装置が軍事力。軍需産業が政治や経済の土台になり、東西冷戦が終わっても軍事力は要らないのではなく、米国の価値観で世界に出て行くために強化してしまう。東西冷戦の終結により、核対決から解放されるとの期待があった。にもかかわらず事態は進化し、9・11は必然と言える形で起きた。

米国民も反戦活動 野上さん

 ■開戦へ

 ―森滝さんは、戦争が始まる前の昨年末、イラクを訪れました。現地で何を感じましたか。
 森滝 当時のバグダッドは活気があり、繁栄しているかに見えた。しかし、一九九一年の湾岸戦争後の経済制裁で、一般の市民はとても苦しい生活を強いられていたのが現実だった。病院に電気や暖房はなく、生物・化学兵器の材料になるからと、手に入る薬の種類も限られていた。学校も劣悪な環境で、すりきれた黒板を使っていた。

 学校を訪れた際、中二の女子生徒らに将来の夢を尋ねたら、多くの子が医師と建築士を挙げた。家族に病人が多く、荒廃した町に住んでいながら、希望を持って生きる子どもたちの姿が印象に残っている。

 それでも、出会った政府関係者や市民らは「なんとかこの状況を救ってほしい」と声をそろえた。戦争と経済制裁、劣化ウラン弾の影響などで痛め続けられたイラクに、また戦争を仕掛けられたらどうなるんだろうと、痛切に思った。

  ―それでも戦争は始まりました。
 畑口 国連査察を無視してまで戦争に踏み切らざるを得なかったブッシュ政権は、米国の持つ本質的な「怖さ」を印象付けた。他の国々が米国に追従せざるを得ないのも、その辺りにあるのではないか。米国がテロを脅威と感じるように、他国にとって米国が恐怖の対象となりうることを、今回のイラク戦争で感じた。

 野上 米国では、アフガニスタン攻撃には「仕方なかった」という受け止めが多かったが、イラク攻撃には「理由が分からない」との意見をよく聞いた。日本での報道だけを聞いていれば、「米国は戦争に突っ走った」としか思わなかっただろうが、米国滞在中に市民レベルで反戦活動をする多くの人に出会った。「米国民の八―九割が戦争に賛成」と伝えられもしたが、実質はそうではなかったと思う。それだけに、戦争が始まってしまったことは本当にショックだった。

 菱木 ブッシュ政権はテロのショックを受けた時から、アフガニスタンと同時にイラク攻撃を考えていた。しかし、野上さんがおっしゃったように、理由は付けにくい。そこで作り上げた「大義」が、大量破壊兵器の開発保有疑惑であり、フセイン政権とテロ集団との密接な連携関係だった。この大義により、国連での不支持を押し切って先制攻撃した。その結果、多くの民間人が犠牲になった。劣化ウラン弾も使った。

罪なき市民が被曝 森滝さん

  ■劣化ウラン弾

  ―その劣化ウラン弾は「放射能兵器」と呼ばれます。六月末に森滝さんがイラクを調査された際、被害の様子はいかがでしたか。
 森滝 劣化ウラン弾が非人道的兵器であることは明らかだが、米国は認めない。放射能兵器ではなく有能な通常兵器だとして使い続けた。

 劣化ウラン弾が貫通し、放置されている戦車付近の土壌や水、人体への影響を探るため尿を採取してきた。すでに、戦車表面をふき取ったろ紙に劣化ウラン弾の微粒子が含まれていたことが、広島大原爆放射線医科学研究所の調査で分かっている。

 イラクでは、罪もない市民が放射線を浴びている。湾岸戦争と違い、今回はバグダッドなど都市部で使われ、今後の影響は計り知れない。

 さらにいま、米軍の兵士らは、イラク人の襲撃とともに、被曝(ひばく)の危険にもさらされている。今回の活動を通じ、世界中に劣化ウラン弾の本格調査の必要性を訴えるとともに、そうした米国の在り方を変える一つの手段になればと思う。

感情だけの「勝利」 畑口さん

  ■一国主義

  ―米国の「力の論理」は「一国主義」との批判を受けています。
 畑口 ブッシュ大統領の勝利宣言はある意味、かっこ良く映った。だが、何が勝利なのだろうかと、疑問を抱かざるを得ない。一方的に宣戦布告し、追い詰め、バグダットを制圧すれば勝利という。戦争の大義であった大量破壊兵器はいまだ見つからない。まさに感情だけの勝利で、そもそもこれは「戦争」なのかどうか、それさえもわからなくなる。

 野上 米国は「みんなと仲良くやっていこう」とする姿勢がない。例えば欧州は、過去の世界大戦の経験とか小さな紛争にそれぞれの国が密接に関係しているから、「協調」を重要視している。しかし、米国は「マッチョ」と言われるように、「強くなければいけない」という価値観がある。中学生の女の子に「アフガニスタンを攻撃し、そこで殺されてしまう子どもをどう思う?」と尋ねたら、その子は少し迷いながらも「米国に逆らったからしようがない」と答えた。何でこの国はここまで一国主義になってしまったんだろう、と思う。

 菱木 米国が急進的になったのは、過去の戦争が失敗だったと感じているためでもあろう。ベトナム戦争では反戦運動に譲歩した。湾岸戦争でもフセイン大統領を除去しておかなかったのがよくなかった。だから、「悪」には事前に外科手術をし、政権を取り替えてしまう。そんな方向にどんどん行っている。

 ブッシュ大統領の演説に絶えず、「justice(正義)」と「evil(悪)」が出てくるように、キリスト教原理主義とも呼ばれ、邪悪な文化がはびこるのに強く反対する思想的背景がある。悪はやっつけていい、悪の側の人間を殺しても罪の意識を感じない。もちろん、それがすべてではないが、そうした思想的背景が膨らみすぎ、制御が利かなくなったという流れがある。

 原爆投下という非人間的な科学技術の使い方は、その後も現在に至るまで半世紀余にわたって貫かれた。しかも、ちゅうちょなく使うところまできてしまった。核に象徴される文明破壊が非常に悪い方向まできたのではないか。「9・11」を起点に世界が大きく変わったのは確かだが、それは一九四五年八月六日から始まったのだと思う。

 《劣化ウラン弾》劣化ウラン(ウラン238)は核兵器や原発用の濃縮ウラン製造過程で大量に生まれる低レベル放射性廃棄物。比重は鉛の1.7倍で、砲弾の弾芯(しん)に利用すると貫通力が増す。1991年の湾岸戦争以来、米軍などが対戦車砲などで実戦使用している。燃焼して生じる酸化ウラン微粒子を吸い込むと骨や腎臓に蓄積し、体内で放射線を出し続ける。イラクでは湾岸戦争以降、子どもたちの白血病が増加し、従軍兵士にも健康被害が生じているとされるが、米政府などは「通常兵器」としてその影響を認めていない。

ひしきかずよし
 共同通信ソウル、ワシントン特派員、外信部長、編集局次長、論説副委員長などを歴任し、98年から現職。専門は米国の北東アジア政策研究など。訳書に「二つのコリア」「ホワイトハウス報道官」など。66歳。

はたぐちみのる
 母チエノさんが、広島鉄道局で勤務中に爆死した父二郎さんを捜して入市被爆。その時に胎内で被爆した。広島市教委学事課長などを経て、97年から戦後生まれでは初の原爆資料館館長に就任した。57歳。

もりたきはるこ
 「インド・パキスタン青少年と平和交流をすすめる会」世話人代表。2001年3月から現職。3月の人文字集会を手掛け、イラク戦争反対を訴えた。6月にはイラクを訪れ、劣化ウラン弾の影響を調査した。64歳。

のがみゆみこ
 被爆の実相を米国に伝えるため日米市民が発案したネバーアゲインキャンペーン(NAC)前大使として、昨年1月から1年余、米国に滞在。9月から英国の大学院で紛争解決について研究する。30歳。

(2003年8月2日朝刊掲載)

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