×

社説・コラム

天風録 『光州事件の「タクシー運転手」』

 人気韓国映画「パラサイト」で、半地下に住む小悪党一家のオヤジは名優ソン・ガンホさんのはまり役だろう。彼が勇気ある市井の人を熱演した作品に「タクシー運転手」がある▲題材は41年前の実話。民主化デモに軍が発砲した光州へ、ドイツ人記者を送り届けたタクシー運転手がいた。この時テレビカメラが捉えた映像は、あの光州事件の動かぬ証拠に。後年訪韓した記者は再会を望んだものの、事件のトラウマに苦しんだ運転手は世を去っていたという▲事件当時、軍部を牛耳っていた全(チョン)斗煥(ドゥファン)元大統領の訃報が届いた。国内では160人を超す死者を悼み真相究明が続くが、全氏から謝罪の言葉はなかった▲〈暴虐は記憶まで砕ききれない。/光州は要求であり/拒絶であり/回生である。〉。事件の3年後、在日詩人の金(キム)時鐘(シジョン)さんは「光州詩片」を編む。記憶は抹殺できないからこそ、後に世論は全氏を追い詰め、法廷で断罪した。全氏が不正蓄財でも追及されたとあっては、現政権が弔意を示さぬのも当然だろう▲映画の運転手は報酬を目当てに仕事を受けるが、やがて義憤に駆られていく。厳戒の街から逃げるカーチェイスは痛快だ。こうして伝わる記憶もある。

(2021年11月25日朝刊掲載)

年別アーカイブ