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連載・特集

広島世界平和ミッション 南アフリカ編 虹の彼方に <4> 許しと癒やし

憎しみ断つ共通のカギ

 はじける高音と滑らかな低音。男女五十人の歌声がうねりとなって迫る。「ゾラ・セントラル・ユース・クワイア」は、ヨハネスブルクの黒人居住区ソウェトを代表する青年合唱隊である。

 広島世界平和ミッションのメンバーは日曜日の午後、ゾラ地区の高校を訪ねた。クワイアは教室を借りて礼拝するキリスト教会の信者のうち、十―三十代でつくる。信者約百人が正装姿で迎えてくれた。

響く魂の歌■

 歌の歓迎の後、寺本貴司さん(69)が被爆体験を証言。「被爆直後は原爆を落とした人を憎んだ。でも、憎しみによる報復の連鎖を続けていては平和はこない」と呼び掛けると拍手がわいた。

 合唱隊の指揮者でもあるビクトル・ムテンブ牧師(40)は「私たちもアパルトヘイト(人種隔離政策)の被害者。悲しみを乗り越え、許す道のりは平たんではなかった。お金はないけど、声と魂がある。平和のために力を合わせたい」とあいさつした。

 当時、黒人は不当に逮捕・拷問された。白人に殺されたり、行方不明になったりした人も数え切れない。民主化後、政府はかつての犯罪行為を調べ、和解する取り組みを続けている。

 信者の一人、主婦のピンディレ・マナバさん(53)は一九八六年、警官にいとこを射殺された。「忘れはしない。でも罪を許さないと、のこされた者たちは前向きに生きられない」と訴えた。

 歌声のお礼に、平和ミッションのメンバーは、広島インターナショナルスクール(広島市安佐北区)の子どもたちから託された折り鶴を贈った。

過去を語る■

 「許しは紛争解決のかぎだ」。そう言うとマイケル・ラズリー神父(58)は、義手でティーカップを口元に運んだ。

 ケープタウンの閑静な住宅街の一軒家。九八年に「記憶癒やし研究所」を開設した。戦争や紛争、犯罪による心の傷を癒やすワークショップを開いている。過去を語り直すことによって、憎しみを断ち切る試みである。

 ニュージーランド生まれ。七三年から南アで反アパルトヘイト運動に参加。ジンバブエに亡命中の九〇年、南ア政府から届いた小包を開けた瞬間に爆発し、両腕を失った。

 同じ暴力の犠牲になった寺本さんは尋ねた。「あなたの寛容さは、信仰によるものですか」

 マイケル神父はこう答えた。「信仰が強さを与えてくれた。それ以上に世界の人々からの励ましや祈り、愛に支えられ、癒やしの旅を続けてきた。犠牲者でいたままだったら、憎しみが続いたはずだ」

 被害を受けた後も続けた他の人々を助ける活動。それが自らを救う道につながったとも。そして「過去を克服した被害者は勝利者」と、自身の体験を寺本さんの証言と重ねた。

 ホテルへの帰り道、広島市安佐北区出身の大学四年荊尾(かたらお)遥さん(21)は帽子をまぶかにかぶって、車のシートに座っていた。ほおがぬれている。「神父を襲った信じ難い暴力と、それに屈しない姿に打たれた」

 神父の話を聞きながら、二年間電子メールで交流する米中枢同時テロで兄を失った青年をも思い出したという。今も悪夢にうなされながら、非暴力による解決を訴える。

 「彼らのように強くなって、暴力が横行する厳しい現実に向き合いたい」と自らに言い聞かせた。

(2004年5月14日朝刊掲載)

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