×

連載・特集

広島世界平和ミッション 南アフリカ編 虹の彼方に <5> 市長会見 新施設にヒロシマ展示

 山頂が平らなテーブルマウンテン(一〇八七メートル)が海辺に迫る。南アフリカ共和国の商業都市ケープタウン。大航海時代の面影を残す表通りには、あちこちに政党のポスターが張られ、半月後に控えた五年ぶりの総選挙一色だった。

 その表通りに面して立つ市役所。広島世界平和ミッションの一行は、市長応接室で黒人女性のノーマインディア・ムフェケト市長(51)と会った。

 「米中枢同時テロ以降、世界にテロや報復戦争という形の暴力が広がっています。ケープタウンでも多くの人々と会い、究極の暴力である広島・長崎の核被害の実態を伝えるとともに、あなた方から対話による和解の道を学びたい」

 訪問理由を告げると、民族衣装姿のムフェケト市長は「爆弾で物事が解決するとは思わない」と即座に答えた。現政権を握るアフリカ民族会議(ANC)の女性メンバーは「ANCは核を戦争に使わない。もしそれが起こるとすれば私たちが政権にいないときです」と付け加えた。

 平和センターの建設構想も明かした。アパルトヘイト(人種隔離政策)やアフリカ各地の紛争について展示し、紛争解決への理解やリーダーを養成するのが狙い。「ミッションの訪問を機に、ヒロシマの展示も加えたい」と話した。

 被爆者の寺本貴司さん(69)が、秋葉忠利広島市長から託された平和メッセージを手渡した。文面には「憎しみや恐怖から解放された、核のない平和な世界の実現のため、私たちとともに日常レベルで祈り、発言し、行動を」とつづられていた。

 メンバーからは広島・長崎両市が世界に呼び掛ける「平和市長会議」への参加も勧めた。市長は「積極的に検討したい」と応じた。

地元で報道■

 この後、地元報道陣が応接室に通された。新聞五社、テレビ一社。市長があらかじめ設定した記者会見である。

 寺本さんは自らの被爆体験を語り「アパルトヘイトと同じく、核兵器の使用も人権を奪う過ちである。再び繰り返してはならない」と結んだ。

 南ア訪問五日目。貧しい黒人居住区などでの交流を通して、寺本さんの証言に「人権」の二文字が表われ始めていた。平和を阻む現実を目の当たりにして「核兵器廃絶だけ訴えていても世界は平和にならん」と実感したからだった。

 一方、南ア問題の専門家である大学助教授の藤本義彦さん(39)にとって、会見は不完全燃焼だった。「市長はきれい事を並べただけ。人権擁護や平和に対するANCの成果をアピールする選挙向けのにおいがする」

 暴力革命ではなく平和的に白人から黒人へ政権が変わって十年。これまでの歩みを評価しながらも、南アが人一倍好きなだけに、進まない黒人の生活向上や治安悪化にいらだちを覚えるのだ。

強い使命感■

 翌朝、滞在先のホテルのロビーでは、参加メンバーが顔を寄せ集めて朝刊をのぞいていた。「ケープタイムズ」の三面で、会見の様子が大きく伝えられていたからだ。

 寺本さんの証言は結びの一言まで紹介されていた。日本出発前から、被爆の記憶がはっきりしている「最後の世代」としての使命感を強く感じていた。「これなら、ようけえ(多く)の人に知ってもらえるのう」。緩んだ目元に安堵(あんど)の色が浮かんだ。

(2004年5月15日朝刊掲載)

年別アーカイブ