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連載・特集

広島世界平和ミッション 南アフリカ編 虹の彼方に <7> 平和教育① 教材や指導法 続く模索

 「今日は広島からのゲストを迎えて核戦争の被害を学び、平和教育に生かしたい」。身長二メートルの講師ネイル・ロスさん(40)は、よく通る声で教員志望の学生らに呼び掛けた。

 南アフリカ共和国の首都プレトリアにある、プレトリア大教育学部での「臨時特別授業」。学生や近隣の現役教員六十人が、イースター(感謝祭)休暇を返上して教室に詰め掛けていた。広島世界平和ミッションのメンバーによる「授業」を受けるためだ。

 原爆被害を示す記録ビデオ上映後、被爆者の寺本貴司さん(69)が証言。被爆写真などの資料も加えて被害の実態を説明した。三十分余の質疑応答を含め全体で約二時間の授業。ロスさんは最後に「ここで見、聞いたことをしっかり記憶してほしい。教師になろうとする者にとって、平和教育は避けて通れない課題である」と力説した。

 授業終了後、教育学部三年で高校教諭を目指すジャニータ・ファイフさん(22)がメンバーに近づいて言った。「南アでは平和教育が始まったばかり。教材も少ない。先ほど見せてもらった視聴覚教材はとても貴重だ。ぜひ入手したい」と。

高まる関心■

 南アではこれまで学校教育のカリキュラムに平和教育の位置付けはなかった。民主化後の新しい国づくりのために、最近になってようやく人種間の和解、融和を進めるための平和教育にスポットライトが当たり始めた。

 なにを、どう、教えるのか―。民主化から十年。大学の教育学部や学校現場などでの試行錯誤が続いている。

 ケープタウンで訪れたクエーカー教徒のピース・センター。ここでもボランティア活動の一環として、平和教育教材づくりのための研究会が開かれていた。元教員らセンターのメンバー数人と地元の小学校から高校までの教員約六十人が月一回程度会ってアイデアを出し合う。

 四十年前の広島・長崎世界平和巡礼を提唱し、被爆者ら四十人とともに米国など八カ国を巡って原爆被害の実態と核兵器廃絶を訴えた米国人平和運動家の故バーバラ・レイノルズさん。彼女もクエーカー教徒だった。

被害の視点■

 バーバラさんの平和の精神を受け継いだミッション参加者との交流は、現地のクエーカー教徒らのヒロシマへの関心を一層高めた。教材づくりの責任者エルビア・フォードさん(54)は「私たちが取り組む教材は、人種間の和解といった身近な問題から戦争など大きなテーマに移る。寺本さんのような被爆者の証言もぜひ加えたい」と話した。

 学校、教会…。メンバーは南アでの平和教育の芽生えを強く感じた。

 寺本さんと一緒に出国前に持参する資料を集め歩いた専門学校生の小山顕さん(25)は「自分が学校で受けてきたように、広島が蓄積した平和教育のノウハウをもっと生かさなければ…」と思う。

 帰国後、大学四年の荊尾(かたらお)遥さん(21)の元へ、プレトリア大の特別授業に参加した学生の一人から電子メールが届いた。

 「私たちは原爆について戦略的、政治的な面ばかりを学んできた。でも破滅的な惨事に遭遇した被害者の視点から掘り下げた学習を、私の将来の教室では実現したい」

 きのこ雲の下に視線を向け始めた南アの同世代に、荊尾さんも小山さんも広島から資料を送って応援するつもりである。

(2004年5月17日朝刊掲載)

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