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連載・特集

広島世界平和ミッション イラン編 ベールの向こう <5> 文化の力 認め合う心 呼び覚ます

 「キャー」。校舎が生徒の歓声で揺れる。国立テヘラン女子音楽専門学校の門をくぐると、広島世界平和ミッションの一行はまるで有名人であるかのように迎えられた。

 中学から高校の計二百十七人がイランの伝統音楽とクラシックを学ぶ。うち高校生四十一人が荘厳な祈りの歌と、太鼓を使った伝統的なダンス音楽を奏でてくれた。

 演奏後に被爆体験を語った寺本貴司さん(69)は「これからはみなさんの時代。音楽を通じて世界の平和に貢献してください」と呼び掛けた。

外国に興味■

 別れ際、生徒たちは大学四年の荊尾(かたらお)遥さん(21)を取り囲んだ。「演奏はどうだった?」「イランはやっぱりひどい?」と片言の英語で質問を浴びせる。短いやりとりの中に荊尾さんは「生徒たちは自由な外国へのあこがれや興味でいっぱいだった」と話す。訪問時の歓声は、その表れだということにも気づいた。

 音楽や映画にかかわる文化人との交流は、「統制の厳しい国」に滞在中のメンバーにとって心和む貴重なひとときだった。テヘラン市内の「音楽の家」も訪ねた。伝統音楽を継承する音楽家三千人の互助会である。

 「平和の話をするのにはケーキとチャイ(紅茶)がいいでしょう」。スタッフのもてなしの心とユーモアに、メンバーのほおが緩む。

 寺本さんはここでも十数人を前に被爆体験を語った。原爆の熱線や放射線の影響を示す被爆写真ポスターをじっと見つめていた音楽の家の所長で、国を代表する弦楽器奏者ナスローラ・ナセフプールさん(63)はしみじみと言った。

 「あなたの話を聞いた今、私の心にも原爆が落ちたような気持ちだ。イラン・イラク戦争では、優秀な多くの芸術家を失った。戦争はなんの利益ももたらさない」

 彼はまた「日本で平和のためのコンサートがあれば、ぜひ音楽家を送りたい」と話した。

娯楽は映画■

 滞在中に出会った他の音楽関係者は、こうメンバーを励ました。「平和を訴える旅はきっと長い道のりだろう。鉄の靴を履いて続けてください」と。

 イランの「娯楽の王様」は映画である。週末の映画館前には長い列ができる。平和ミッションのメンバーは関係者から映画事情も聞いた。

 国内で公開される映画は年間八十本。うち十本がイラン・イラク戦争などを描いた戦争映画だ。

 専門学校生の小山顕さん(25)は「イランの戦争映画は戦死者を自国防衛の殉教者扱いしたり、イラクや米国を責めるなど、プロパガンダの色彩が強いようだ。でも戦火に苦しむアフガン難民の姿を追ったドキュメンタリーなど素晴らしい作品もある」と深い関心を示す。

 南アフリカ共和国では差別にあえぐ黒人を、イランでは毒ガス攻撃を受け後遺症に苦しむ人々にも出会った。小山さんは初めて間近に触れた非人道行為と原爆を重ねて思う。

 「人間は相手への敬意を失ったとき、心がまひして、考えられない残虐な行為に走ってしまう。その点、文化交流は親しみやすいし、相手への敬意を呼び覚ますきっかけになる」

 今回の旅を通じて、あらためて平和に果たす「文化の力」を肌で感じた小山さん。帰国後は原爆をテーマにした音楽劇の脚本の英訳ボランティアに参加するつもりだ。「できれば南アやイランからも音楽家らを広島に招く機会を探りたい」と力を込めた。

(2004年6月4日朝刊珪砂)

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