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連載・特集

広島世界平和ミッション 第三陣の横顔 <3> 野上由美子さん(31) 広島市安佐北区可部町出身

平和学を生かし貢献

 昨年九月から英国ブラッドフォード大大学院平和学部で、紛争解決について学ぶ。「この十カ月、悩んでばかりいた」。淡々と打ち明ける。

 平和学では世界的に名の知れた大学。が、そのキャンパスに身を置きながら、一般の英国人の暮らしや考え方に触れないまま時が過ぎた。「このまま二年間の留学が終わってしまうのでは…」。悩みのタネはそこにあった。

 自国政府が始めた戦争で、混沌(こんとん)とするイラク情勢を英国民はどう見ているのか。広島・長崎はどうとらえられているのか。気になりつつも、日々の講義に追われ、生の声を聴く機会がなかった。

 机を並べる留学生は、欧米を中心に約五十カ国、百二十人。シエラレオネやコソボなど実際の紛争体験者もいる。そんな仲間を前に、被爆体験のない自分が「ヒロシマ」を語ることへの気後れもあった。

 「核兵器」をテーマに語られる講義にも違和感を覚えた。生まれ育った広島で被爆者たちから聞いた「人間的悲惨」ではなく、「兵器としての威力」ばかりが注目されていた。

 「核や戦争をめぐる現実は思った以上に厳しい。自分から積極的に外の世界に触れていかないと、学んだことも机上の空論に終わってしまう」。インターネットで募集記事を見つけ、ミッション参加を志願。旅には広島から加わる。

 理屈よりも先に体が動くタイプ。東京の大学を卒業後、五年間勤めた会社を辞め、二〇〇二年、米国で日本文化や被爆の実態を伝える草の根活動「ネバーアゲインキャンペーン(NAC)」大使になったのもそうだ。

 一年余、自ら約束を取り付けては、米国東部と中部の学校などを行脚した。米中枢同時テロの傷が深く、国を挙げて「対テロ戦争」に向かっていた時期。「ヒロシマ」について説明する機会を受け入れてくれる学校は少なかった。

 「それでも直接触れ合い、伝えれば、手応えはあった。平和学を学んでいる今は、当時よりもう少しは体系的に伝えられるはず」

 修士論文のテーマは「核抑止は機能するか」。核保有国の人々との対話を通じ、答えを見つけるつもりだ。

(2004年6月26日朝刊掲載)

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