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社説・コラム

天風録 『「真珠湾」に始まる苦難』

 開業を祝う花で埋め尽くされたマーケットの古い写真がある。オーナー大谷松治郎はハワイ最大級の店構えに満足し、早朝から仕込みに余念がなかったか。それが一日のうちに暗転するとは▲18歳で山口・沖家室(おきかむろ)島から渡航し、魚の行商で身を起こした。だがホノルルの新店開店日に日本軍が真珠湾を奇襲し、大谷は靴も履かせてもらえないままFBIに連行される。根拠なきスパイの容疑。家族との面会は許されず、米本土の収容所に移された。抑留は4年にも及んだ▲きょう真珠湾攻撃から80年を迎える。広島・山口両県と関わりの深い日系移民が、日米のはざまで翻弄された記憶も呼び覚ます▲ハワイ島ヒロに「SUISAN(スイサン)」を名乗る店がある。創業者は同じ沖家室島の人で、彼はハワイ島内に収容された。社業は滞ったが、先住民たちが少しずつ鮮魚を持ち込んでくれたおかげで存続できた。創業者の子息が感謝の言葉を残していることは暗い時代の一つの救いである▲今のハワイ経済は一に観光収入、二に基地関連収入が支えているという。日系が背負った製糖業や漁業は見る影もない。リゾートだけではないハワイを知る。異郷の先人の喜びと悲しみが分かる。

(2021年12月8日朝刊掲載)

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