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連載・特集

東アジアの平和 どう構築 オンライン共催シンポ 詳報

 広島市立大広島平和研究所と中国新聞社ヒロシマ平和メディアセンター、長崎大核兵器廃絶研究センター(RECNA)はシンポジウム「流動化する東アジア」を4日、オンラインで開いた。中国と北朝鮮は核を含む軍事力を強化。米軍基地負担が集中する沖縄と海を挟んで、台湾を巡る米中間の緊張が高まっている。そんな地域の現状を専門家が議論し、約170人が聴講した。(金崎由美、桑島美帆、湯浅梨奈)

基調講演 立教大法学部 佐々木卓也教授

米国

中国の軍事的台頭 警戒

 バイデン米大統領は、1980年代のブッシュ父、あるいは70年代のニクソン以来と言っていいほど外交政策に通暁した人物。外交理念はいかにも米国の伝統的な「リベラルな国際主義」と言える。

 クリントン、オバマ両政権の高官で、現在は国家安全保障会議(NSC)のインド太平洋調整官を務めるキーパーソン、カート・キャンベルの発言を聞くと、政権のアジア太平洋政策はつまるところ中国政策に集約されると思われる。

 バイデン政権がトランプ政権と違うのは、中国を専制国家だとする一方で、2国間関係はあくまで「競争」であり「冷戦」ではないとしていること。体制維持は認めている。対する前政権のポンペオ国務長官は、中国共産党の正統性自体を侮蔑的な言葉まで使って否定していた。

 同盟国との関係重視という点でも違う。トランプ前政権が脱退したパリ協定に一転して復帰し、11月には国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)の首脳級会合にバイデン大統領が自ら参加した。9日には日本を含む約110カ国・地域の首脳らを招き、オンライン形式で「民主主義サミット」を初開催。国際協調主義を印象づけている。

 前政権を踏襲する政策もある。米国にとって対中政策は、超党派の最後のとりで。「自由で開かれたインド太平洋」というビジョンを共有し、中国の軍事的な台頭を警戒する。台湾との関係強化も、民主、共和両党で一致している。

 通商交渉についても、前政権と同様、しばらくは推進しないだろう。合衆国憲法の規定上、通商交渉には上院の承認が必要だが、バイデン政権は関連法を今年失効させている。

 外交政策は、国内基盤がしっかりしてこそ展開できるが、政権支持率の急落ぶりは異例だ。主因は経済対策やコロナ対策だろう。総額1兆ドルのインフラ投資法などを通したにもかかわらず、世論調査では40%そこそこか割り込む状態だ。

 来年の中間選挙に向けて、明らかに民主党には赤信号。共和党が上下両院で多数を制する事態が十分想定できる。「リベラルな国際主義」に基づく「自由で開かれたインド太平洋」の行方は、山積する国内課題への対応次第である。

ささき・たくや
 一橋大卒(法学博士)。2001年から現職。主な著作に「冷戦」(有斐閣)など。専門は米外交史、日米関係史。

基調講演 東京大公共政策大学院 高原明生教授

中国

強硬な「戦狼外交」続く

 習近平総書記(国家主席)の中国は、「自信」と「不安」の両面を抱えている。中国の今後の行方を占いつつ話したい。

 武漢での新型コロナウイルスの大流行が、習政権にとって最大の危機だった。当初から警告を発していた医師らは、公安当局から処分された。不都合な真実を隠し、初動が遅れたことは否めない。

 そのうち一人が2020年2月にコロナ感染で亡くなる前、「健全な社会には一つの声だけがあるべきでない」と語っていたことが反響を呼んだ。習氏が「尊崇を集める一人の鶴の一声が、全体を規定する」と語っていたのとは真逆。人々の間に一党支配体制への不信感が芽生えた。

 習政権は、都市封鎖という強権発動でウイルス制圧を試み、SNS(会員制交流サイト)の言論を厳しく統制。一方でマスコミを利用して威信を回復しようとした。今年は中国共産党創立100年で、40年ぶりの「歴史決議」を採択した。100年を振り返るはずが、習政権の9年間に圧倒的な分量を割いている。建国の指導者、毛沢東と自らを重ね、5年に1回開かれる来年の党大会で続投を正当化する意図がある。

 しかし「歴史決議」は、個人崇拝を進めたと批判され、鄧小平との権力闘争に敗れた華国鋒には一切触れていない。数千万人の餓死者を出した大増産政策「大躍進」運動の失敗についても、1段落だけ。歴史の失敗から目を背ける姿勢は明らかだ。それは習政権の「自信のなさ」の表れでもある。根源的には、選挙で国民から選ばれていない一党独裁、という後ろめたさからきていると言える。

 中国はさまざまな社会問題を抱える。特に東北部で出生率が急速に下がり、経済成長は長期的に低下傾向。国家を近代化させ、人々を豊かにしないと支持を失う。だが民主化と法治主義を進めるほど独裁は揺らぐ。この矛盾を抱えたまま進むには、人々に同質化を強いて、ますますナショナリズムに依存する。

 国際社会は、少数民族ウイグル族や香港の弾圧という人権問題に対して、厳しい姿勢を強めている。そこで習政権は、謙虚で尊敬すべき国になろう、と国内で呼び掛けているのだが、対外的には強硬な「戦狼(せんろう)外交」が変わる気配はない。

たかはら・あきお
 東京大法学部卒。英サセックス大開発問題研究所博士課程修了。2005年から現職。専門は現代中国政治。

基調講演 早稲田大大学院 アジア太平洋研究科 李鍾元教授

朝鮮半島

対北朝鮮は「現状維持」

 最近の米中関係はいわゆる「新冷戦」と言われ、日本ではこの状況にどう備えるかが議論されている。一方の韓国では、朝鮮半島に残る対立、という文脈で「脱冷戦」が言われる。どう連動しているか。

 米バイデン政権による北朝鮮政策の見直し方針が、4月に発表された。四つの柱があると思う。依然として「朝鮮半島の非核化が目標」なのは変わらない。次に、トランプ政権下での一括的に妥協するトップ交渉も、オバマ政権時の「戦略的忍耐」も失敗だったとして、実際にどれだけ交渉したかなどを判断の目安とする段階的アプローチの外交を強調した。

 日米韓との連携も重視する。トランプ政権時の米朝の2国間交渉だと北朝鮮に振り回され、ブッシュ政権時の6カ国協議だと中国の発言力が増すからだ。

 今年5月の米韓首脳会談後に発表した共同声明では、一貫して「朝鮮民主主義人民共和国(DPRK)」と正式呼称を使った。2018年の板門店宣言や、米朝のシンガポール共同声明など従来の合意の継承を強調。バイデン大統領の「南北間の対話、関与、協力を支持」も明記した。総じて北に交渉を促す一定のシグナルは出している。

 ただ、制裁緩和には動いていない。北もすぐ対話の枠を壊すような挑発はせず、かといって米国の呼びかけに応じることなく、短距離ミサイルなど低レベルの挑発に重点を置く。韓国、日本と在日・在韓米軍基地が困る射程だ。北朝鮮はよく考えている。

 米政権に近い専門家の間に、「核放棄」から「核軍縮」へアプローチの転換を求める主張も出ている。まずは「脅威削減」という発想だ。背景には北朝鮮の核・ミサイル開発を阻止できない現実がある。とはいえ軍縮交渉と位置付けることは、北朝鮮の核兵器保有を現実として容認することが前提となり、難しさがある。

 東アジアやインド太平洋における米国の関心事は、中国のけん制。対北朝鮮は「これ以上悪くならないように」という管理モードだろう。米韓が北を抱え込むべきだ、という意見すらある。韓国は北への譲歩として、朝鮮戦争の終戦宣言に言及するよう、米国と水面下で協議していると聞く。「統一」より安定、という韓国世論の変化もある。

リー・ジョンウォン
 韓国生まれ。東京大大学院法学政治学研究科修了。2012年から現職。専門は国際政治学、現代朝鮮半島研究。

質問と討論

米中露、核依存を強める / 中台、思わぬ衝突の危険

 長崎大RECNAの吉田文彦センター長、広島市立大広島平和研究所の加藤美保子講師が加わり、同研究所の沖村理史教授の司会で進めた質問と討論は次の通り。

 吉田 米ソ冷戦期と現在との大きな違いは、核拡散のリスクだろう。他方、北朝鮮だけでなく米中ともに核依存を強め、ロシアも同じ方向にある。

 レーガン米大統領とソ連のゴルバチョフ書記長が核軍縮交渉で抱いていた共通認識は、「核抑止」が過大評価され「核のリスク」は過小評価されているということ。それが冷戦を終わらせた大きな要素の一つになったことは間違いない。

 米中は大国として行動しているわけだが、それぞれがどんな世界秩序を目指し、どこまでならば互いを容認するだろうか。軍縮による安全保障へと、どう転換できるだろうか。

 加藤 台湾問題について米国は軍事的関与を強めているが、中国としては北京五輪を控えた時期であり、いたずらに国際問題を起こしたくないように見える。ロシアと対立するウクライナと、中国が強硬に出る台湾、の双方で有事になった場合、米国はどちらにも対処できるのだろうか。

 佐々木 軍拡競争を軍縮の方向に転換する契機は、残念ながら難しい。政治外交関係が安定しないと次に進まないだろう。

 高原 どういう世界秩序を目指しているのか、米国も中国もはっきりとしたものを持っていないと思う。経済的に米中は深く結びついていることが、冷戦期の米ソとは違う。ただ、軍拡競争を軍縮へと転換するには、究極的には中国が変わらないと無理ではないか。

 李 国際政治、戦略研究では「核抑止力」が当たり前のように語られる。インド太平洋の状況は、日本を含めて核兵器廃絶と逆行しており、米国は中距離核戦力(INF)廃棄条約の失効に続いて中距離ミサイルを開発、配備する計画がある。名目は核抑止だ。この実態を見るべきだろう。

 沖村 視聴者から「中国が台湾に武力攻撃する可能性はあるか」と質問が来ている。日本はどのような平和的な関わりができるか。

 佐々木 米中関係には長い歴史がある。楽観的かもしれないが、大国としての付き合い方をお互い知っている。米国も国益で動くため、中国と手を結ぶときは結ぶ。その文脈で台湾問題も対応していくだろう。

 高原 中国としても、武力統一が第一の政策ではない。圧力をかけながら、戦わずして台湾統一を求めたいと思っている。だが、一定の範囲を超えてこちら側が中国に警告すると、挑発と受け取られて逆効果になりかねない面もある。

 日本にとって基本線は1972年の日中国交正常化の際、田中角栄首相と周恩来首相らが署名した共同声明だ。台湾について「中国の立場を十分理解、尊重」するとした。台湾を国として扱うとなると、北京には許しがたい。台湾の蔡英文政権も分かっている。だから「私たちが望むのは現状維持だ」と発言している。

 李 台湾が自主性を高めていることに中国が焦っている。圧力で済めばいいが、一歩間違えると思わぬ衝突が発生する危険性は依然ある。韓国も台湾問題に徐々に巻き込まれている。日本もさらに賢明なかじ取りが必要だ。

主催者あいさつ

広島市立大広島平和研究所 大芝亮所長

 国際関係は今、米国と中国の戦略競争が激化し、台湾を巡る緊張の高まりが議論されている。北朝鮮の核問題も目を離せない状況だ。核兵器廃絶を求め、平和を希求してきた広島市民にとって、東アジアの武力衝突を防ぐとともに、朝鮮半島の非核化を進めるには何が必要なのか、という問いは大きな関心事項だ。米政治外交や現代中国政治、現代朝鮮半島研究の専門家などを招き、東アジアの平和に向けて、日本の役割や私たちが何をすべきかを一緒に考えたい。

被爆地から

中国新聞社 森田裕美論説委員

人権・人道の視点が大切

 東アジアには核兵器の問題をはじめ、平和を揺るがす課題が山積している。ただ、こうした国際情勢は、私たち一般市民からは遠く隔たったものとして映ってしまいがちだ。広島のメディアとして、大切にしているのは「被爆地の視点」である。その事柄が私たち人類に何をもたらすのか。人権や人道の視点から見つめなくてはならない。

 「原爆は威力として知られたか。人間的悲惨として知られたか」とは、本紙の元論説主幹・金井利博氏による問題提起だ。原爆被害はその威力にのみ着目すれば、脅威から自国を守るという理由で核開発の動機にもなる。しかし生身の人間が体験した「人間的な悲惨」に着目すれば、核兵器がいかに非人道的で絶対否定すべきかが分かり、廃絶へ世論を動かす力になる。

 それを国際社会で共有し、体現したのが今年発効した核兵器禁止条約といえよう。人道を重んじ、保有や威嚇も禁じる。だが、日本や米中韓などは賛成していない。

 核を持って脅し合う「核抑止」をやむを得ないと考えるのは「人間的悲惨」への想像力が足りないからだ。核にしがみつくことがどれだけ愚かか、為政者には目を背けず向き合ってほしい。

(2021年12月14日朝刊掲載)

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