×

連載・特集

回顧2021 中国地方から <3> 黒い雨

救済へ 司法と政治動く

 「国が示した内容のままオーケーとはいかない」。8日にあった厚生労働省との協議後、広島県被爆者支援課の二井秀樹課長は不信感をにじませた。

 議題は、広島原爆の「黒い雨」訴訟で勝訴した原告以外の被害者を対象にした被爆者認定制度。広島市なども交えた協議は11月末に始まった。厚労省は来年4月、原告以外の被害者を被爆者と認めるための新指針の運用を始める方針でいる。

 協議で厚労省は、がんなど国が定める11疾病の発症の有無や、当時の居住実態の確認などを重視する方針を明らかにした。広島側は反発した。国に被爆者認定の在り方の抜本的な見直しを迫った司法判断を反映できない恐れがあるからだ。

国の線引き否定

 協議のきっかけとなった司法判断は5カ月前にさかのぼる。黒い雨を巡る訴訟の控訴審判決で広島高裁は7月14日、原告84人全員を被爆者と認定した昨年7月の一審広島地裁判決を支持。雨が国の援護対象区域より広範囲に降ったとし、国の「線引き」の妥当性を否定した。

 さらに被爆者の認定要件を巡り、「放射能による健康被害が生じることを否定できないと立証すれば足りる」と判断。一審判決が要件とした11疾病の発症にとらわれず、雨に遭った人は被爆者に当たると踏み込んだ。内部被曝(ひばく)による健康被害の影響も重視した。

 菅義偉前首相は上告断念を表明。政府は「原告と同じような事情にあった方々は、訴訟への参加・不参加にかかわらず認定し、救済できるよう早急に対応を検討する」との首相談話を閣議決定。内部被曝の健康影響について「これまでの被爆者援護制度の考え方と相いれず、容認できない」としながらも、政治決断で救済に乗り出した。

 県内ではその後、訴訟に参加していなかった黒い雨被害者から被爆者健康手帳の交付申請が相次いだ。県の推計では、区域外で黒い雨に遭うなどした人は原告と死者を除いて約1万3千人。県と市によると今月15日現在、県内で計1345件の申請があり、今後も増える見通しだ。

指針づくり難航

 ただ肝心の指針づくりの着地点は見通せない。県と市は、疾病を要件とせずに雨が降った地域にいた人を認定するよう要請している。市原爆被害対策部の河野一二(いつじ)部長は「病気はあくまで(手帳交付後の)健康管理手当の要件で、手帳そのものの交付とは切り離すべきだ」と強調する。

 これに対し、厚労省の担当者は「実際に雨に遭ったかどうかを確認せずに被爆者と認めるのは、これまでの認定制度の考え方と相いれない」との見解を示す。疾病を考慮する点については「被爆者援護法の理念に立てば、疾病がなければ認定しにくい」とする。

 来年4月に新指針を運用するためには、年内に国と県市で合意する必要があるとの見方もある。「それぞれがどう折り合いを付けていくか、決断を迫られるタイミングが来る」と市幹部は身構える。

 原爆の影響を受けた人たちを国の責任で救済するとした被爆者援護法の趣旨を真に生かした新指針を打ち出せるか。協議は詰めの段階に入る。(松本輝、久保田剛、樋口浩二)

黒い雨
 原爆投下直後に降った放射性物質や火災によるすすを含む雨。国は1976年、黒い雨が降った卵形のエリアのうち、爆心地から広島市北西部にかけての長さ約19キロ、幅約11キロを援護対象区域に指定した。国はこれまで、区域内で黒い雨を浴びた住民を対象に無料で健康診断を実施。がんや白内障など国が定める11疾病のいずれかを発症した人に被爆者健康手帳を交付し、医療費を原則無料にするなどの援護策を講じてきた。

(2021年12月16日朝刊掲載)

年別アーカイブ