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広島世界平和ミッション フランス編 崩れぬ神話 <2> 背中合わせ 原発の「ごみ」 核兵器に

 パリから列車で西へ約三時間。ミッション第三陣の一行が、イギリス海峡に面した港町シェルブールの駅に降り立つと、心理学者のアニエス・ジェームスさん(51)と元欧州議会議員のディジエ・アンジェさん(65)が笑顔で迎えてくれた。

 人口約四万五千人のシェルブールを中心にしたコタンタン半島。ここには仏核燃料公社(コジェマ社)が運営するラ・アーグ再処理工場やウランとプルトニウムの混合酸化物(MOX)燃料工場、原子力潜水艦を建造・修理する海軍造船所、原発などが集中する。

 「これから行くのはどこにでもある工場ではない」。アンジェさんは、そう言いながら一行を車に乗せた。

 海沿いの道を抜ける。「わぁ、きれい」。思わず声を上げる筑波大一年の花房加奈さん(19)らメンバーに、シェルブール生まれのアニエスさんが応えた。「美しい町でしょ。でも、私はこの古里が嫌いなの。軍需産業や原子力施設が多いから」と、車窓から元軍需基地や海軍造船所を指さした。

  テロの標的■

 やがて大きな再処理工場が目に入る。車から降りて近づくと、工場の周囲には二重の鉄条網が張り巡らされていた。「ここは日本を含め国内外から使用済み核燃料が運び込まれる核のごみ捨て場だ。核兵器に使用可能なプルトニウムなどの核物質がいっぱいある」。アンジェさんはそう言って言葉を継いだ。

 「三年前の米中枢同時テロ後は、レーダーによる監視が始まり、地対空ミサイルも最近まで配備されていた。テロに狙わる危険が高いからだ」

 アンジェさんは一九八六年から九八年まで欧州議会議員や県議を歴任。政治の場を通して核依存社会の危険について警告を発し続けてきた。

 「プルトニウムが保存される限り、核兵器が造られる可能性がある。放射性物質が大気や海に放出され、環境汚染や健康被害を生んでいる。倫理の問題でもあるんだ」

 アンジェさんはそう力説すると、再び車に乗り込み、地元の母親グループ「怒れる母」の共同代表、ナタリー・ボーンマイン(41)さん宅へ案内してくれた。

 食卓を囲んだメンバーに彼女は、会が誕生した経緯などについて話し始めた。九七年、仏ブザンソン大のジャンフランソワ・ベイル教授が、工場のある地域の二十歳以下の子どもの白血病発生率は「他の地域の四倍」との調査結果を英国の医学雑誌に発表したのだ。

 がんが多発■

 驚いた母親たちがすぐにグループを結成。ボーンマインさんの三人の子どもは「今は元気だが、動ける者が」と共同代表を引き受けた。「私たちは流産や死産、がんの多発も実感している」という。

 会ではコジェマと政府に情報公開を、さらに政府には住民の健康調査と診断を求めて署名活動を続けてきた。これまでに五千人分が集まった。

 「原子力産業に支えられた町でこうした活動はタブーへの挑戦では?」。ミッション参加者の問いにボーンマインさんは「反核団体なら活動はもっと難しいでしょう。でも母親が家族の健康を心配する気持ちは原子力に反対の人も賛成の人も同じだから」とさらりと答えた。

 帰り際、被爆者の細川浩史さん(76)が言った。「科学の進歩が人を不幸にするのは広島や長崎の原爆でたくさん」と。

 しばらく考え込んでいた花房さんは「原発から生まれた物質が核兵器とつながり得るなんて考えたこともなかった」と打ち明ける。大学のある茨城県つくば市の近くには日本の原子力施設が集中する東海村もある。

 「自分にもヒロシマにも他人事ではないんだ」。大きな課題を背負った気がした。

(2004年9月14日朝刊掲載)

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