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広島世界平和ミッション フランス編 崩れぬ神話 <3> 被曝兵士 沈黙破り政府を「告発」

 幾重にも層をなし、空を覆うように広がる水爆実験特有の巨大なきのこ雲―。大きな会議机に並べられた十枚近い写真が、大気圏核実験のすさまじい威力を示していた。

安全信じる■

 「これらの写真はフランスの核実験の記録だ。当時、われわれは二十歳前後の若者。広島や長崎のことも知らず、核兵器についての知識もないまま核実験に参加した」

 写真資料などを前に「核実験退役軍人協会」(AVEN)副会長のミッシェル・ベルジェさん(65)が、ミッション第三陣メンバー五人に語りかけた。パリ市街のビルの一室。恰幅(かっぷく)のいい事務局長のジャンクラウド・エギントンさん(63)も説明に加わった。

 ベルジェさんは、一九六〇年にあったアルジェリア・サハラ砂漠での初回と二回目の核実験に従事した。「軍人はみな核実験は安全という政府の言葉を信じていた」

 ベルジェさんの話は、今日ではにわかに信じがたいものだった。しかし、五十九年前に爆心地から約一・四キロで被爆した細川浩史さん(76)は「原爆の威力や放射能について何も知らず、知らされていなかったという点では同じですね」とベルジェさんに応じた。

 当時、アルジェリアの独立運動を支持し、サハラでの実験に反対していたベルジェさんは、六〇年末に実験基地から追放された。そのとき人目を盗んで軍の文書を持ち出した。兵士を守るためのマニュアルだった。

 「閃光(せんこう)から目を守るためにゴーグルを四十個用意するなんて子どもだましな内容だ。軍は防護措置を取らなかったばかりか、兵士に命令して爆心地に国旗を立てさせたり、放射線量を測定させたりしたのだ」

 協会は、二〇〇一年に十人の退役軍人で発足した。現在、会員は二千六百人。核実験の被害実態を明らかにし、政府に被害を認めさせ、謝罪と補償を求めるのが活動の柱だ。

 「なぜ最近になって結成したのですか」。英国ブラッドフォード大大学院生の野上由美子さん(31)の問い掛けに、ベルジェさんはこう答えた。

 「核実験に従事した兵士にはがんなどの病気で苦しんでいる者が多かった。しかし後に現れた自分の病気が実験に関係があるとはあまり考えなかった」

 軍上層部から実験について口外しないように誓約書を書かされたりしていたことも遅れた要因だった。ところが、最近になってマスコミで取り上げられるようになり「多くの者が核実験を疑うようになった」と言う。

保有賛成も■

 結成後、核実験関連の訴訟が増えている。「二年前には実験があったポリネシアでの海中調査に携わり、白血病で亡くなった兵士の娘が国を相手取って勝訴した」とエギントンさん。さらに昨年十一月には、協会員やポリネシアの被曝(ひばく)者十一人が政府に補償を求めて提訴。二人は今後の活動に希望を見いだす。

 「核兵器廃絶を求めている人も多いのですね」。フランスで何度も核抑止論を聞かされてきた第三陣メンバーが期待を込めて尋ねると、「協会内では核兵器に対する賛否は話し合えないんだ」と、ベルジェさんは困ったように言った。「私は個人の立場で平和運動にかかわっているが、この協会は被害者団体で平和団体ではない。実験には反対でも核保有に賛成する人も多い」と実情を打ち明ける。

 国家政策の犠牲になりながら、それでもなお政府の核政策を支持する。野上さんらメンバーは「被曝兵士たちの被害実態がフランス社会で広く知られるように」と願いながら、あらためてこの国の核抑止神話の根深さを思った。

(2004年9月15日朝刊掲載)

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