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社説・コラム

UNHCR駐日首席副代表 ナッケン鯉都さんに聞く 難民受け入れる多様な社会を

教育支援へ地域で連携広げて

 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のナッケン鯉都(りつ)駐日首席副代表(48)が、都市レベルで難民支援に取り組むキャンペーンへの協力を求めるため広島市を訪れた。17日に中国新聞のインタビューに応じ「自治体や企業、教育機関が難民を受け入れる多様な社会を」と強調した。(桑島美帆)

  ―世界各地で難民が増え続けています。
 UNHCRの2020年末時点の統計では、政治的な迫害や武力紛争、人権侵害で古里を追われた人が第2次世界大戦以降では最多の8240万人に上った。そのうち2640万人が国外難民で、大半をシリア、アフガニスタン、ミャンマーなどが占めている。

  ―最大の要因は。
 紛争の長期化だ。11年にシリア内戦が始まり、10年以上難民生活を強いられている人もいる。8月にタリバンが政権を掌握したアフガニスタンでは、子どもの教育や女性の人権が危ぶまれ、新たな難民を生んだ。

  ―どんな支援が求められていますか。
 まずは子どもの教育だ。避難先で生活するには就職口も必要。自治体や学校、企業が地域で連携し、支援する必要がある。UNHCRは「Cities#WithRefugees」キャンペーンを展開している。広島市も2年前に署名してくれたが、今回改めて協力をお願いした。松井一実市長が会長を務める平和首長会議の加盟都市にも輪を広げてもらいたい。

  ―私たち市民に求められることは何でしょうか。
 多様性を受け入れ、さまざまな国の人と生きる多文化共生社会を築くこと。名古屋出入国在留管理局に収容されたスリランカ人女性が死亡し、日本で問題になっている。難民だけでなく身近にいる外国人の境遇にも関心を持ってほしい。

 国連UNHCR協会への寄付もお願いしたい。特にアフガニスタンは寒い冬を迎えている。多くの命が助かる。

  ―原爆資料館を見学した後、原爆慰霊碑に献花しました。何を感じましたか。
 鯉都という私の名前は、周南市出身の父が広島東洋カープにちなんで付けた。17歳の長男は8月6日に生まれ、幼い頃からヒロシマを伝えてきた。資料館で建物疎開で犠牲になった子どもたちの遺品を前に、子どもの命が大切にできない社会に未来はないと感じた。被爆国出身の国連職員として平和貢献に努めたい。

なっけん・りつ
 1997年国際基督教大卒。米国ニュースクール大大学院修士号取得。2001年に国連開発計画(UNDP)本部に入り、国連人口基金(UNFPA)スリランカ事務所代表兼モルディブ事務所代表などを経て21年6月から現職。東京都出身。

(2021年12月19日朝刊掲載)

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