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社説・コラム

[歩く 聞く 考える] ハンセン病問題と教育 素晴らしき人たち 出会い糧に 盈進中高校長 延和聰さん

 福山市の盈進(えいしん)中高は人権や平和の問題に取り組むヒューマンライツ部の活動などを通して、ハンセン病回復者と交流を深めている。25年にわたって生徒たちとともに歩んできた延和聰校長(57)は「生徒たちが『人間って素晴らしい』と思う経験の連続。教員の限界も思い知らされた」と振り返る。国に賠償を命じた一昨年のハンセン病家族訴訟・熊本地裁判決は人権啓発を怠った教育の責任にも触れた。今後の啓発の在り方を延さんに聞いた。(特別論説委員・佐田尾信作、写真・井上貴博)

  ―人権問題はライフワークです。原点は何でしょうか。
 父も教員でした。「部落解放の父」松本治一郎が生まれた福岡市の被差別部落に関わりがあり、義務教育を十分に受けられなかった人たちの「夜間学級」で学びの支援をしていました。ぜんそくのため、父に連れられて病院通いしていた私は自然と父の働きぶりを知ります。

  ―教員としてハンセン病に関わるきっかけは何ですか。
 私は松本清張ファンで、ハンセン病の父子の苦難をモチーフにした小説「砂の器」を読み、映画も見て感動しました。その後、1996年でしたが、「らい予防法」廃止という報道に、がくぜんとしたのです。

  ―どういう意味ですか。
 ハンセン病の問題は全く終わっていないのに、遠い昔の話、文学の題材の話だと受け止めていた自分が恥ずかしかった。自戒を込めて生徒たちと一緒に学びを始め、97年に国立療養所長島愛生園(瀬戸内市)で夏合宿を受け入れてもらいました。聞き取りをし「手と手から」という証言集にまとめたのです。

  ―こうした活動が今のヒューマンライツ部に引き継がれた。愛生園は学びの場ですね。
 そうです。例えば金泰九(キム・テグ)という韓国籍の人の部屋で勧められるまま飲み物をいただいた。皆でキムチまで食べると「いいなあ。昔は誰もお茶さえ飲んでくれなかったよ」と金さんは喜んでいた。耳が聞こえない生徒を他の生徒が支える姿を見て「俺たちも助け合って今がある」と褒めてくれた。互いに面会を待ち焦がれるようになるのです。

  ―一度きりの愛生園訪問ではないのですね。
 ヒューマンライツ部では中高の6年間、愛生園に何度も泊まりがけで通うんです。ガイドブックを手作りし、改訂しながら先輩から後輩へと継承し、時には来園者の案内もします。

 ハンセン病を「知る」だけではだめです。知って偏見を抱くことも世間にはある。正しく知って正しく行動すること。金さんの口癖でもありました。

  ―友だちだって先生だ/はげましあって答をさがす―。谷川俊太郎さんの詩を思います。
 誰だって最初は愛生園を知りません。先輩の「楽しいよ」のひと言で思い立つのです。皆さん苦難の人生なのに「人間って素晴らしい」と驚くことの連続ですから。教員の古い感覚は通用しない。「教える―教えられる」関係の限界、今の学校の限界を教員は知るべきです。

  ―しかし全国の療養所に暮らす人の平均年齢は87歳。ふれあう機会は乏しくなります。
 愛生園の近藤宏一さんは盲人のハーモニカ楽団「青い鳥」の楽長でした。生前の彼を知らない女子生徒が著書「闇を光に」を読み、愛生園歴史館の「青い鳥」展示の前で〈ためらうな/おじけるな〉という彼の詩を声に出して元気になりました。家庭の事情で心労続きの彼女が無事卒業した。残された記録によっても学べると思います。

  ―ハンセン病家族訴訟判決は患者家族への偏見を巡って教育の責任を明記しましたね。
 弁護団が勝ち取りたかったことの一つです。「主権者教育」を模擬裁判などで済ませてはいけない。隔離政策は国による主権の侵害です。自らの主権を自ら守るために行動する。そのすべを学びたいと思います。

 これも国の責任ですが、療養所には子や孫がいない。だからこそ、回復者に学んだ私たちが語り継ぐ側の主体になれるのではないかと考えています。

■取材を終えて

 映画「砂の器」で緒形拳さん演じる巡査は流浪する父子を引き離し、少年を引き取っていとおしむ―。善意に見えるが、巡査は「患者狩り」に加担したのだ。清張ファンの筆者もそれに気付くまでに時を要した。独り善がりの感動は誰かを傷つけているのかもしれない―。延さんのひと言に、どきっとする。

のぶ・かずとし
 福岡市生まれ。90年盈進高社会科教員。20年から現職。ハンセン病市民学会運営委員。国の「ハンセン病に係る偏見差別の解消のための施策検討会・有識者会議」委員。尾道市在住。盈進中高は1904年創立で「実学の体得」が建学の精神。「平和・ひと・環境を大切にする学び舎(や)」を基調にする。ヒューマンライツ部は2005年、人権問題を考える三つのクラブが統合、改称した。

(2021年12月22日朝刊掲載)

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