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回顧2021 中国地方から <8> 核兵器禁止条約発効

被爆者らの願いが結実

 核軍縮の歴史的な日を年始めに迎えた。1月22日、核兵器の開発から保有まで一切を禁じる核兵器禁止条約が発効。被爆者や核兵器の非人道性を訴えてきた人たちの悲願だった。

 条約は前文に「ヒバクシャの受け入れ難い苦しみに留意する」と明記。批准数が発効に必要な50カ国・地域に達してから90日後に発効した。原爆ドーム(広島市中区)前であった記念集会では、被爆者たちが「核兵器は国際法で禁止された」と高らかに宣言した。

 松井一実市長は被爆76年の8月6日、平和記念式典での平和宣言で「被爆者たちの願いや行動が国際社会を動かし、条約発効という形で結実した」と強調。日本政府に対し、一刻も早く条約を締約し、来年3月にオーストリアのウィーンである第1回締約国会議に参加するよう要請した。

政府は慎重姿勢

 ただ、唯一の戦争被爆国である日本政府の対応は素っ気なかった。発効直後、菅義偉首相(当時)は参院本会議の代表質問で条約に署名する考えはないと表明。「核兵器国のみならず多くの非核兵器国からも支持を得られていない」と実効性に疑問を示し、締約国会議のオブザーバー参加にも背を向けた。

 10月、被爆地広島選出の岸田文雄首相が誕生した。だが、条約への対応はほとんど変わらなかった。岸田首相は今月14日の衆院予算委員会で「条約は核兵器のない世界に向けての理想であり出口だが、核兵器国は一国も参加していないのが現実」と説明。まずは核超大国で同盟国の米国と強固な信頼関係を構築して核軍縮を進めるとし、オブザーバー参加にも慎重な姿勢を示した。

 一方、ドイツの次期連立政権は11月、オブザーバー参加を政策合意に盛り込んだ。米国の「核の傘」に安全保障を依存するのは日本と同じだ。欧州ではスイスやスウェーデンも参加する方針を打ち出している。

 年明けには、5年に1度の核拡散防止条約(NPT)再検討会議が米国で始まる。これまでは核兵器保有国と非保有国の「橋渡し役」を自任してきた日本政府。核兵器禁止条約が発効して初めての再検討会議で被爆国の姿勢が問われる。

13万人を下回る

 「私たちと同じ苦しみは決して繰り返されてはならない」。条約発効に当たり、こうメッセージを寄せた広島県被団協理事長(当時)の坪井直さんが10月、96歳で亡くなった。20歳の時に被爆し、一時は死の淵をさまよった命を核兵器廃絶への闘いにささげた「ヒロシマの顔」だった。

 被爆者健康手帳を持つ被爆者は今年3月末時点で12万7755人。初めて13万人を下回り、平均年齢は過去最高の83・94歳に。4月には、全ての国に核兵器禁止条約への批准を求める「ヒバクシャ国際署名」に尽力し、国内外で証言を続けた被爆者の岡田恵美子さんも84歳で逝った。

 核兵器が消えるまで「ネバーギブアップ」。坪井さんが繰り返した言葉を受け止め、被爆の記憶をどう継承するか。平和運動を引っ張ってきた被爆者の相次ぐ逝去が課題を突きつけている。(久保田剛)

核兵器禁止条約
 核兵器を違法化した初の国際条約で1月22日に発効した。米国の「核の傘」の下にある日本のほか、核保有国の米英仏中ロは不参加。オーストリアやメキシコなどの非核保有国が、核軍縮の停滞や核兵器の非人道性を巡る議論の高まりを受けて条約制定を主導した。条約の実効性を高めるため、核保有国を引き入れられるかどうかが鍵となる。現在の批准国は58カ国・地域。

(2021年12月23日朝刊掲載)

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