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歌に残るわが街の歩み 広島市歌 明治・昭和期に3曲 軍都・平和都市…暮らしが見える

 自分が住む市町村、県の歌をご存じだろうか。広島市では明治、昭和期に3曲の「広島市歌」が相次いで作られ、最も古い歌は来年で誕生から110年になる。歌詞に刻まれているのは、暮らしを育む街の歩みや活気、地域ならではのメッセージ。見直せば、古里の歴史や魅力を再発見できそうだ。(林淳一郎)

 「こんな歌があったとは…」。広島市安佐南区の沼田歴史散歩の会の手島秀昭会長(78)は10月下旬、市立中央図書館(中区)で1912年9月発行の雑誌「芸備之友」をめくるうち、同年にできた「広島市歌」に引きつけられた。

 〽天正年間 輝元公 広島城を 築きしが―。戦国大名毛利輝元の築城から始まる歌詞は全部で5章まである。1889年の市制施行のほか、宇品港の建設や軍都としての隆盛…。当時の市の人口は15万人だったようで「嗚呼(ああ)賑(にぎ)はしき 広島市」で結ばれる。

 この市歌が誕生した1912年、明治から大正へ元号が変わった。市域は太田川デルタ一帯で、現在の約34分の1の広さ。手島さんは「難解な歌詞だが、街が発展していく様子が凝縮されている。どんな暮らしがあったのか、思いをはせるきっかけになる」と話す。

 さらに調べると、東書文庫(東京)に12年2月発行の歌詞と楽譜があることも分かった。広島市内の歯科医矢田部藤吉が作詞し、作曲は学習院(同)教授の納所(のうしょ)弁次郎。その7カ月後に刊行された「芸備之友」に載る歌詞と少し異なり、詞の微調整が進められたようだ。

 市によると、昭和初期の29年にできた広島市歌もある。作家畑耕一が作詞を担い、作曲は陸軍軍楽隊長の永井健子(けんし)。中国新聞社が制定し、市に寄贈している。

 〽矜恃(ほこり)の郷土(ふるさと) 大き広島!広島!広島!―。勢いあふれる歌詞が2番まで続く。この年、牛田村(現東区)など7町村との合併で市域が広がっている。市主催の昭和産業博覧会も開かれ、その会場で高らかに歌われた。

 これら2曲の市歌について、市広報課は「改元や市域の拡大を機に作られたようだが、正式な市歌だったかは不明」という。市が現在、市歌に制定しているのは、被爆20年後の65年に公募した1曲(作詞・西村福三、作曲・清水脩)。被爆地の平和の願いが込められた歌詞と楽譜をホームページ(HP)に載せ、市役所の午後1時の時報としてオルゴール音で流している。

 城下町から軍都へ、そして平和都市へ―。「3曲の市歌を並べると、戦後までの市の移ろいがよく分かる。埋もれさせるのはもったいない」と手島さん。こうした声を受け、市も古い2曲の市歌をHPに載せる準備を進めている。

 中国地方の県歌は、広島を除く4県にある。市町村歌は広島の場合、全23市町のうち11市町が制定し、半世紀以上前に作られた歌もあれば、平成の市町村合併後の新しい歌もある。

 自治体歌に詳しいエリザベト音大(広島市中区)元教授の中山裕一郎・信州大名誉教授は「古い自治体歌には、先人が見つめた街の営みが息づいている。新しい歌を含め、自分たちが暮らす地域の良さを見つめ直し、愛情を傾けるよりどころになる」と話している。

広島市歌

第一章
天正年間 輝元公
広島城を 築きしが
福島浅野と 世はかはり
王政復古の 御代に遭ひ
明治二十二の 長月に
始めて市制は 布(し)かれけり

第二章
千田貞暁(せんださだあき) 知事の時
経営惨憺(さんたん) 六星霜
宇品の港 築きしより
頓(とみ)に海陸 連絡し
中国枢要の 地となりて
輸送は日々に 増しにけり

第三章
日清役の 策源地
大纛(たいとう)遠く 進められ
勝を千里に 決したる
大本営の 跡は此處(ここ)
金鵄(きんし)の塔の 影高く
千載不磨の 紀念(きねん)なり

第四章
日露の役の 其(その)折も
第五師団の 武夫(もののふ)は
全国師団の 戦友と
北清原野の 勇戦に
たけび狂ひし 荒鷲(あらわし)を
懲して功 たてにけり

第五章
嗚呼(ああ)賑(にぎ)はしき 広島市
人口十有 五万人
家居は鱗(うろこ)と 重なりて
商工業者も 数多し
中国無比の 大都会
嗚呼賑はしき 広島市

    ◇

千田貞暁…広島県令(県知事)
策源地…前線の部隊に物資補給などの支援をする後方基地
大纛…軍中で用いる大きな旗
金鵄…日本神話に登場する金色のトビ
千載不磨…千年の後まで消えないこと

広島市歌

    1
青く真青(まさお)にむらだつ山の
三つに囲みて連なるところ
輝やく空ぞ永遠(とわ)の光は
われ等が眉に射照(いて)りもかへす
こゝに生れて国の歴史を
遠く呼びつゝ築かん八衢(やちまた)
その名ぞ広島 矜恃(ほこり)の郷土(ふるさと)
大き広島! 広島! 広島!

    2
澄みて真澄にたゝふる水の
七つに貫ぬき流るゝところ
捲(まき)寄る海ぞ永遠の力は
われ等が胸にとゞろもかへす
こゝに生れて国の文化を
高ら呼びつゝ飾らん八衢
その名ぞ広島 希望(のぞみ)の郷土
大き広島! 広島! 広島!

 東書文庫蔵の広島市歌の楽譜と歌詞(1912年2月)の書類、中国新聞社が制定した市歌(29年4月)掲載紙の画像はホームページ「中国新聞デジタル」に掲載しています。

(2021年12月31日朝刊掲載)

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