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社説・コラム

社説 核兵器廃絶と被爆地 人間の声 訴え続けよう

 核兵器の開発と引き換えに、私たち人間が手にしているものは何だろうか。

 無期限に延長される「平和なき平和」の状態―。英国の作家ジョージ・オーウェルは、米国による原爆投下から2カ月後に発表した評論「あなたと原爆」でそうつづっている。大国が核を持ってにらみ合う世界を予見し、戦闘なき対立状態を初めて「冷戦」とも名付けた。

進む核軍拡競争

 それから77年。残念ながら、「平和なき平和」の状態は今なお続く。核軍拡に歯止めがかからず、緊張が高まっている。

 核保有国やその同盟国は「核抑止」の神話にしがみつき、米国とロシアは核戦力増強にしのぎを削る。覇権主義を強める中国も核開発に拍車を掛け、英国は昨年、核弾頭保有数の上限引き上げを表明した。北朝鮮やイスラエルといった事実上の核保有国も含め、そこかしこに緊張状態が存在している。

 希望がないわけではない。昨年発効した核兵器禁止条約は、批准国を着実に増やしている。初めての締約国会議が今年開かれる。コロナ禍で延期を重ねているものの、本来なら5年に1度開かれる核拡散防止条約(NPT)再検討会議も今年は予定されている。

 「平和なき平和」から「核兵器なき平和」へ。核時代に終止符を打つという被爆地の積年の訴えを、着実に具現化する年にしなくてはならない。

合意の再確認を

 核兵器が人間にもたらした苦しみに目を向け、開発から使用、威嚇まで一切を「違法」とする国際的取り決めが禁止条約である。核兵器を持たない国の支持を集める一方、保有国は反発を強め、コロナ禍も相まって核軍縮議論は停滞している。

 そんな状況で、NPT再検討会議が開かれる意義は大きい。NPTは米ロ中など5カ国のみに核兵器保有を認める。不平等な枠組みなのに国際社会が認めてきたのは、保有国に対し、核軍縮に誠実に取り組むよう義務付けているからだ。

 再検討会議ではこれまで、2000年の「核兵器廃絶の明確な約束」をはじめ、核廃絶を目指す合意が交わされてきた。しかし近年の核保有国の振る舞いは、義務を忘れてしまったとしか受け取れない。米国を含む核保有国にNPTの合意を再確認させ、実行に移すよう仕向けなくてはならない。

 そこで期待されるのが、「唯一の戦争被爆国」を掲げ、保有国との「橋渡し役」をうたう日本政府の役割である。

 ところが、禁止条約には背を向け、米バイデン政権が検討していた「核の先制不使用」政策に懸念を示す。「核の傘」依存の姿勢が、むしろ強まっているように見える。

「橋渡し役」急げ

 岸田文雄首相は元日付の本紙インタビューで、禁止条約締約国会議のオブザーバー参加について問われ、「そうすると現実は動かない」「現時点で選択肢にない」と述べていた。

 では、「核兵器なき世界」に向け、いつ、どんな方法で現実を動かすつもりなのか、示すべきである。非人道兵器を一刻も早くなくしたいと考えるのは、被爆者に限るまい。

 日本世論調査会による昨年夏の調査で、禁止条約に日本が「参加するべきだ」と答えた人が71%に上り、締約国会議にオブザーバーとして「出席するべきだ」とした人は85%にも上っている。あらゆる選択肢を探り、橋渡しを果たしてほしい。

 新型コロナ禍で私たちは今、改めて命の尊さをかみしめている。一人の生ある人間として、「平和なき平和」を変えていく方法についても、真剣に考える必要がある。

 広島・長崎の被爆者は、二度と同じ思いを他の誰にもさせてはならない―との思いから核兵器廃絶を訴え続けてきた。その被爆者も歳月とともに減り、運動の先頭に立ってきた人たちも年々、この世を去っている。

 きのこ雲の下にいた人間の痛みを知っている私たちは、その声を受け継ぎ、世界に向けて訴え続けなくてはならない。

(2022年1月4日朝刊掲載)

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