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連載・特集

緑地帯 片山杜秀 音楽とヒロシマと私④

 「ちちをかえせははをかえせ」。独唱が切々と訴えかけ、合唱がこれでもかと叫ぶ。大オーケストラの怒濤(どとう)の響きは、詩の告発する力、声の不撓(ふとう)不屈の生命力に呼応しもすれば、それらを押しつぶす核兵器の恐怖そのものともなる。

 被爆した詩人、峠三吉の「原爆詩集」に、大木正夫が作曲した「人間をかえせ」二部作。四十数年前、中学生の頃、東京の銀座のレコード店で、原爆ドームを中央に大きくあしらったジャケットに目を奪われ、LPレコードを買って、聴いて、驚いた。なんと真摯(しんし)な音楽なのだろう!

 大戦争を二度と起こさせぬぞ。芸術が猛然とたたきつけるように宣言すれば、きっと世界は変わる。究極の平和が訪れる。心底からそう信じられる音楽家でないと、これほど直情径行で、衝撃的な大カンタータは作れまい。すごい人が居たものだ。大木には、歌詞を伴わず、管弦楽だけで8月6日の惨禍を表現しようとした大作があるとも知った。交響曲第5番「ヒロシマ」。丸木位里・俊夫妻の「原爆の図」に霊感を得たという。

 ところがレコードがない。演奏会でもやらない。放送もされない。大木は日本近代の重要な作曲家のはずなのに。

 大木の「ヒロシマ」がたまたまそうなのではない。山田耕筰の歌劇も伊福部昭の交響曲も、聴こうと思っても、とても難しかった。何かがおかしい。自国のクラシック音楽作曲家を冷遇する風土が、日本にはあるということが、子供心にもだんだん分かってきた。私が音楽評論を始めた動機である。(政治学者、三原・ポポロ館長=茨城県)

(2022年1月11日朝刊掲載)

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