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社説・コラム

広島世界平和ミッション スペイン訪問を終えて 特別編集委員 田城明 「暴力否定」の精神 学ぶ

 「核保有国のフランス、英国はともかく、なぜスペイン訪問なのか?」

 広島世界平和ミッション(広島国際文化財団主催)第三陣の出発を前に、数人からこんな質問を受けた。ミッションの目的は核保有国や潜在核保有国、紛争地域などを訪ね、核廃絶へのヒロシマの願いを伝えたり、対話を通じて信頼を醸成し、テロや戦争、紛争防止に役立とうとするのではないのか、との指摘である。

 もっともな質問であった。スペインには原子力発電所が九基稼働している。その気になれば核兵器を造るだけの技術も必要な核物質も準備できるだろう。だが今のところ、政府や軍部にその意図はない。第一陣が訪ねたイランのような潜在核保有国でないことは確かだ。ではなぜ、スペインなのか?

テロどう対処

 ミッションの目的は、「ヒロシマの教訓」を「伝える」ことだけではない。訪問国の人々から私たちが「学ぶ」ことも大切な目的の一つなのだ。二十二日付で終わったスペイン編の連載「熱い息吹」で推察いただけるように、この国を訪ねた主要な目的は、テロ問題である。

 今年三月に首都マドリードで起きたアルカイダ系国際テロリストによる列車爆破テロ事件が被害者や、多くのスペイン人にどう受け止められているのか? バスク地方の独立を求め、テロ活動を続ける「バスク祖国と自由」(ETA)にどう対処しているのか?

 列車爆破テロ後の総選挙でアスナール国民党政権に代わって誕生したサパテロ社会労働党政権は公約通り、治安部隊としてイラクに駐留中のスペイン兵約千三百人を撤退させた。

 同じようにイラクに自衛隊を派遣している日本にとって、スペインの人たちとの交流は何かと示唆を与えてくれるに違いない。そう考えての訪問だった。

 スペインでは一九三九年以来、フランコ独裁政権が三十年以上も続いた。その間、表現の自由など基本的人権を奪われていたスペイン人が、イラクの独裁者サダム・フセイン前大統領を支持するはずもなかった。

 それでもなお、米英軍の軍事侵攻に国民の約九割が反対したのは「大量破壊兵器を所有している」「アルカイダとつながっている」とのブッシュ米政権の主張に根拠がないと判断したからだ。アスナール政権は、こうした国民の意思を完全に無視して米英両国の立場を支持し、「有志連合」の一員に加わった。

 イラク開戦前の昨年二月には、全土で約四百万人の反戦デモが繰り広げられた。さらに列車爆破テロ翌日には、国民のほぼ四人に一人に当たる約一千万人が街頭での抗議デモに参加した。

 大規模なデモの背景には内戦、独裁、自国のテロという「暴力」に長年向き合ってきた多くのスペイン人の「暴力否定」の精神がある。

 それをデモなどの形で表現することについて、この国に約四十年住むバルセロナ自治大教授の鈴木重子さんはこんな見方をする。「感情表現が豊かなスペイン人は善くもあしくも、考えたことをお祭りのように表現するところがある」と。イラク戦争に反対の思いはあっても、行動で表すことの少ない日本人と比較しての評である。

 サパテロ首相は九月の国連総会で、死者約二百人を出した列車爆破テロに言及。ETAの問題にも触れながら「三十年間に及ぶテロとの戦いでわれわれが学んだのは、その戦いのために民主主義をゆがめ、市民の人権を抑圧し、軍事的先制攻撃を遂行するときこそ、テロリストたちの勝利を高めるときだ」と述べた。

 それは痛烈なブッシュ政権への批判であるとともに、「テロ」という恐怖で国民を縛り、支持を得ようとしてきたアスナール政権への非難でもあった。

 サパテロ首相はまた、西側諸国と中東、イスラム諸国間の対話を促進し、相互理解を深めるための「文明間同盟」を提案。ベルリンの壁が崩壊した後の人類が「憎しみと無理解によって新たな壁を築いてはならない」と訴えた。

 一部のイスラム教徒によるテロ行為をあたかも「文明間の衝突」とみなすブッシュ政権が、巨大な軍事力を行使して「予防戦争」に走るのとは対極の発想である。

相互理解が鍵

 ミッションのメンバーが参加した「フォーラム・バルセロナ2004」のテーマは「異文化理解」「環境」「平和」だった。

 スペインにとって国内のバスク民族との共存も、言葉や文化の違う人たちとの異文化理解がどこまで進むかが鍵を握っている。バスクの州都ビルバオなどには、ETAのテロに反対し、対話で問題を解決しようとする民間グループがいくつもあった。

 対話を通じて信頼をはぐくみ、問題を解決するには時間がかかる。「テロリストに言葉は通じない」。こう嘆いた同じテロ被害者が「暴力に対する暴力では問題は解決しない」と強調した。当事者の言葉は重かった。

 小泉首相は北朝鮮に対しては「対話による問題解決」を強調する。なぜイラク問題では短兵急に米英の「軍事力行使」を支持したのか。戦争の根拠となった「大量破壊兵器はなかった」との米英各調査団の結論が出ても、なぜ国民やイラク人に謝罪すらしないのだろうか。怒らない国民は甘くみられているのかもしれない。

 スペインの人々は、一人ひとりの意思表示を通じて戦争やテロに反対し、新しい政権を選んだ。メンバーともども私たちはヒロシマを「伝える」一方で、スペインの旅から多くを学んだ。

(2004年10月23日朝刊掲載)

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