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連載・特集

広島世界平和ミッション 第三陣メンバー座談会 直接対話 互いに学ぶ

 広島世界平和ミッション(広島国際文化財団主催)の第三陣は7月4日から約4週間、フランス、英国、スペインを訪ねた。フランスでは根強い「核抑止力」の壁にぶつかり、英国では反核運動やイラク反戦で世界をリードする非政府組織(NGO)などと交流。スペインでは首都マドリードで、今年3月に起きた列車爆破テロの被害者らから体験を聞き、市民の「暴力否定」の精神を学んだ。メンバー5人は、こうした交流を通じて平和と和解、核兵器廃絶を求める「ヒロシマの願い」を直接伝える重要さとともに、テロや戦争被害者らに耳を傾ける大切さも知った。旅での印象や教訓、将来の活動にどう生かすかなどについて語ってもらった。<文中敬称略>(平和ミッション取材班)

出席者
被爆者             細川浩史さん(76)=広島市中区
胎内被爆者           石原智子さん(58)=広島市安佐南区
英国ブラッドフォード大大学院生 野上由美子さん(31)=広島市安佐北区出身、英国
社会福祉士           山田裕基さん(27)=廿日市市
筑波大1年           花房加奈さん(19)=広島市中区出身、茨城県つくば市
聞き手             中国新聞特別編集委員 田城明

3ヵ国の印象

核至上主義はごう慢 細川さん
国は国民意思を無視 山田さん
市民の平和観に感銘 花房さん

  ―核保有国など三カ国を巡った印象はいかがですか。
 細川 最初に訪問したフランスは、イラク戦争に強く反対しながらも、独自の核政策堅持を譲らない手ごわい国だと出発前から思っていた。実際に訪ねて、やはりその通りだった。安全保障の研究者らと懇談しても、表向きはヒロシマのことを理解したような顔をしながら、根底では抑止力を信じる核兵器至上主義のごう慢さを感じた。

 野上 平和運動に取り組む市民団体との交流でも、どこか人間の「顔」が見えず、本音が分からない感じがした。市民がいくら核軍縮を願っても核保有を維持しようとする「国家」の意思が強すぎて、そんな印象を抱いたのかもしれないが…。

 山田 同じ核保有国の英国でも「国家」の意思について考えさせられた。英国は反核・平和に携わるNGOの活動が盛んで、移民や難民も多く受け入れている。多様な文化に寛容で、平和について考える土壌があると感じた半面、国民の意思を無視して核政策や戦争を進める「国家」の存在があるように思えた。

 石原 でも、あまり悲観的になる必要もないのではないか。フランスのサントや英国のマンチェスターのように、市を挙げて核兵器廃絶に取り組む自治体があることは心強かった。彼らは独自で冊子をつくるなどしてヒロシマを伝えようとしていた。

 花房 国民が選挙で政権を変えたスペインでの交流が印象的だった。市民の平和に対する思いは強かった。スペインの市民から、日本の自衛隊のイラク派遣問題などが出された。「被爆国で平和憲法をもつ日本政府や国民がなぜイラク戦争反対のイニシアチブを取らないのか」と問われ、日本人として恥ずかしく思った。

ヒロシマ発信の課題

理解薄い被爆の実態 細川さん
視野広げて連携必要 山田さん
多角的視点で教育を 野上さん

  ―「ヒロシマ・ナガサキ」は、欧州でどう受け止められていましたか。
 細川 知人から「欧州では原爆のことはよく知られているから安心するように」と言われていた。でも実際には、分かっていないと実感した。原爆という「兵器」や、一九四五年八月六日の「事件」としては分かっていても、生き残った被爆者らがその後どんなに苦しみ、悩んで生きてきたかなどについてはほとんど知られていない。

 石原 交流の際に広島から持参した原爆写真ポスターを示すと、現地の人たちはびっくりしたように見入っていた。写真でさえ初めて見る人が多いのだから、被爆者の心の痛みまでは伝わっていないと感じた。

 野上 同じ印象を抱いた。恐らく第二次世界大戦で、日本と直接関係をもった米国やアジアの国々と比べてかかわりは薄いし、地理的に遠いこともあって、あまり知られていないのではないだろうか。

 山田 「広島には今も残留放射能があるのか」と、しばしば聞かれたのには驚いた。

 花房 細川さんが指摘した通り、特にフランスの政府筋に近いような人たちは、ヒロシマの体験を歴史上の「出来事」としてだけとらえているなと思った。パリの国際関係研究所であった教授は、細川さんと石原さんが原爆写真を見せた後でも、核抑止力の正当性を強調していた。こうした人たちに被爆地の願いはなかなか通じないと思うとショックだった。

  ―どうすればもっと「ヒロシマ・ナガサキ」が伝わるようになると思いますか。
 石原 今回のミッションのように、まず原爆被害の実態を伝える機会を増やして、より広く知ってもらうことが大切。そのうえで議論し、人類の生命を脅かす核兵器の存在が許されないものであることを分かってもらわなくてはいけない。

 野上 確かに伝える機会を増やす必要性は痛感した。同時に今回三カ国の人たちと会って学ぶことも多かった。例えばテロ被害者から直接話を聞くことで、欧州でのテロが身近に感じられた。同じことは彼らにも言えるのではないか。こんなふうに互いに伝え合うことが大切だと感じた。

 山田 被爆地にいるとヒロシマの被害だけに目が向きがちだけれど、英国でホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)の被害者から話を聞いたりして、平和や人権を脅かすさまざまな問題に視野を広げる重要さを学んだ。

 細川 スペインのゲルニカで七十年近く前の空襲被害者と対面したり、マドリードで列車爆破テロの被害者から体験を聞き、真に迫ってくるものがあった。やはり当事者に会うなど「現場に触れる」重みを痛感した。その意味で、多くの人に被爆地広島を訪れてほしいと思った。

 野上 どう伝えるかという観点と少し違うが、幼いころからの教育の重要性を感じた。米国でヒロシマを伝えるボランティア活動をした際、祖父から旧日本軍による真珠湾攻撃について聞かされて育った子どもは、原爆投下を当然だと言っていた。でも、きのこ雲の下の映像を見せると、明らかに表情が変わった。

 日本でも核保有国でも、被害と加害の両面から、多角的な視点で教育することで、視野の広い考え方ができるようになるのではないか。それも知識を詰め込むのではなく、参加型の新しい平和教育はどうだろう…。

 花房 同感だ。教育は重要だと思う。大人の考え方は凝り固まっているケースが多いけれど、若い人なら変わっていけると思う。そしてヒロシマを世界に伝えるには、逆に私たちも欧州をはじめ世界の現実から学ばないといけないと思う。

未来に向けて

現地との交流続ける 花房さん
継承へ若者育成 急務 石原さん

  ―今回の体験をこれからの自身の活動にどう生かしますか。
 花房 まず大学など周囲に体験を伝えたい。今年の8・6には、フランスや英国から現地で会った人たちが訪ねて来て、ヒロシマを学んでくれた。今後も交流を続けていきたい。五十九年前の広島もイラク戦争も、人の命が失われるという点では同じ。イラク戦争などを通して、命の尊さを認識していければと思う。

 山田 いろいろな問題と出合ってヒロシマだけが特別ではない、戦争やテロなど人権を無視する行為は許せないと思った。人権を大切にするのは、私が携わる福祉の分野ともつながる。身近な交流から始め、平和について話し合えたら…。

 野上 英国の交流準備をしたおかげで、現地NGOなど人脈が広がった。「やろうとすればなんでもできる」と思い始めた。学生たちと討論したリーズ市のメトロポリタン大では、紛争解決のコースに「ヒロシマ・ナガサキ」を取り入れたいと言っていた。授業時間をもらって学生らにヒロシマを伝えようと思う。

  ―自分にとっての勉強にもなりますね。
 野上 その通り。交流時間が短かった小学校も、もう一度訪問したい。可能性を狭めないで、いろいろとチャレンジをしてみたい。

 石原 ゲルニカ、コベントリー(英国)、ホロコーストの被害者も高齢化していた。体験を伝える若い世代の育成が急務。それはヒロシマの課題でもある。これまで取り組んできた修学旅行生らへの平和学習を通して、見たことを伝えなければと強く思っている。それと現地で交流した平和団体に、広島から参考資料を送るなど交流を続けたいと考えている。

 細川 そう、私も根強い核至上主義の国に、「物」としてだけでない被爆の実態をもっと伝える必要があると感じている。核保有国などでの経験は、今後、ピースボランティアとして原爆資料館を案内するうえで、たくさんの示唆を与えてくれた。十分に生かしていきたい。

テロ被害者との交流

強い暴力否定の精神 石原さん
力頼み 問題解決せず 野上さん

  ―すでに言及があったように、スペインでのテロ被害者との交流は随分強い衝撃を与えたようですね。
 花房 マドリードの列車爆破テロやバスク地方の分離独立運動に伴うテロは、ニュースなど映像を通して頭では分かっていたけれど、関係者から直接話が聞けて身近なものになった。テロがあった現場の駅から列車に乗って、最も被害が大きかったアトーチャ駅に移動したときは、平和な日常の中で二百人近い人の命がいきなり奪われたのだ、と何ともやりきれない気持ちになった。

 野上 列車テロ後の総選挙でアスナール国民党政権に代わってサパテロ社会労働党政権が生まれ、イラクに派遣していた兵士を撤退させた。そのとき「スペインはテロに屈した」という非難の声が一部で上がった。

 その事件から約一カ月後の四月に、イラクで日本人の人質事件があった。そのとき日本でも同じような議論があったが、私には答えは出せなかった。しかし、スペインの市民と交流するうち「スペイン政府は、人の命を大切にするという選択をしただけ」と思った。

 石原 長年にわたる独裁や国内のテロと向き合ってきたスペイン人の「暴力否定」の精神は強かった。軍の撤退は民意の反映だと思う。

  ―世界からテロや戦争など「暴力」を絶つにはどんな取り組みが必要だと感じましたか。
 花房 ヒロシマの体験を基に、和解の精神を伝えるのは大事なことだ。テロも戦争も、自分の家族が犠牲になることに置き換えて考えれば実感がわくし、憎しみも薄れると思う。

 野上 米国人はなぜ自分たちがテロの標的になるのか分かっていないと思う。テロリストの要求や動機について対話の場は持てないか。互いに譲り合う機会がいる。テロが生まれる原因を取り除かずに力だけに頼っていても、問題はいつまでも解決しない。

(2004年10月27日朝刊掲載)

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