×

連載・特集

広島世界平和ミッション ロシア編―核大国の軍縮 核解体 自力でできぬ

 広島国際文化財団が派遣する「広島世界平和ミッション」第四陣メンバー四人は、十月五日から十九日までロシアを訪れた。日本海に臨む軍港ウラジオストクをスタート。日本をはじめ欧米諸国が支援する退役原子力潜水艦の解体の実態把握を主テーマに、首都モスクワや氷点下のチェリャビンスクを巡った。そこで目の当たりにしたのは、米国との核軍備競争の揚げ句にソ連邦が崩壊、今では経済的、技術的理由から肥大化しすぎた核兵器の解体すら自力ではできない核大国の姿だった。「冷戦時代」の一方の当事者が直面する核解体の課題や障壁を、現地の軍縮問題専門家のインタビューなどを交えてリポートする。(文・岡田浩一 写真・野地俊治)

原潜

極東 40隻が未処理

 ロシアの核抑止戦略の柱は、戦略核弾頭に加え、それを運搬する原子力潜水艦と戦略核ミサイルである。冷戦時代、ソ連は原潜二百四十七隻を建造した。搭載されていた原子炉は四百基余り。その発電容量は、ロシア全土の原子力発電所(三十基)に匹敵した。

 一九八〇年代半ばから老朽化した原潜が一線から「退役」を始め、その数はこれまでに百九十四隻に上る。退役原潜の管理、解体を担うロシア原子力局によると、すでに百十一隻が解体された、という。が、解体待ちの原潜の大半はまだ核燃料を積んだまま、バレンツ海のコラ半島や極東地域の港に係留されている。

 船体が腐食して沈没すれば、周囲の環境に計り知れない被害を及ぼす。さらに、原潜は小型の原子炉で高出力を得るため燃料のウランを「40%に濃縮して使う」(同原子力局)という。原発用燃料の八―十三倍で、粗製の核兵器として使えるほど濃縮度は高い。テロ組織に狙われる危険性もある。

 九一年末のソ連崩壊後、経済的な混乱から解体作業は停滞している。主要国首脳会議(G8サミット)は二〇〇二年、カナダのカナナスキス・サミットで大量破壊兵器の拡散防止を目的とする「グローバル・パートナーシップ」に合意。十年にわたって二百億ドル(約二兆六百億円)を上限とする支援を約束。日本も二億ドル(約二百六億円)の協力を決め、独自に〇三年から原潜解体協力事業「希望の星」に取り掛かった。

 具体的にはウラジオストクから約百キロ東のズベズダ工場で、支援金を使って太平洋艦隊所属の原潜一隻を解体。今年九月に作業を終えた。日本政府は二隻目の解体協力も検討している。

 原潜の解体は燃料棒を抜き取った後、船体を九つに輪切りする。うち原子炉を搭載していた部分と前後の計三ブロックを再接合し、ブイにつけて海面に浮かせている。

 この状態を「原子炉モジュール」と呼んでいるが、保管が厄介である。北方艦隊の原潜解体作業では、モジュールを保管する陸上施設が、ドイツの協力でコラ半島に〇八年に完成する見通しだ。だが、ウラジオストクとカムチャツカの極東地域での同じ施設の建設は目途がたっていない。

 極東にはまだ四十隻もが解体を待っている。モジュールや退役原潜の安全管理は日本海の環境保全と直結しており、日本も協力を余儀なくされているのが実状だ。

核弾頭・ミサイル

求められる大幅削減

 米ソの軍拡競争がピークだった八〇年代、旧ソ連は戦略、非戦略合わせて核弾頭を約四万五千個保有していた。現在は核ミサイルからはずされて貯蔵されている核弾頭を除くと、八千数百個にまで減っている。

 一方、核ミサイルは八七年、米ソが史上初の核兵器廃棄条約「中距離核戦力(INF)全廃条約」に調印。三年以内に両国合わせて地上発射ミサイル二千六百十一基の廃棄に合意した。九四年には第一次戦略兵器削減条約(START―1)の発効で、ロシアはウクライナなど旧ソ連圏に配備していた戦略核ミサイルを撤収し、約五千基まで削減した。

 未発効のSTART―2に替わり、〇三年に発効した戦略攻撃兵器削減条約(モスクワ条約)により、双方が一二年までに千七百―二千二百個まで核弾頭削減を目指す。

 しかし、条約はミサイルからはずした核弾頭の解体までは義務付けていないため、非核保有国は「不可逆的な廃棄」を強く求めている。また、目標が達成できなくても、一二年以降の延長にいずれかが同意しないと失効する。

 ロシアは三千三百個余りの非戦略核弾頭を有しているとみられるが、非戦略核弾頭を対象にした法的拘束力を持つ国際条約はない。

核物質の再処理

開発の町に「ごみ」貯蔵

 極東地域に配備された原潜の使用済み核燃料は、シベリア鉄道で七千キロ離れたチェリャビンスク郊外のマヤーク核施設へ運びこまれる。鉄道線の改修は日本が支援した。

 削減した核弾頭から取り出したプルトニウムもこの施設へ輸送し、貯蔵する。平和ミッションの旅をサポートしてくれたロシアの「ノーボスチ通信社」によると、米国の支援で新設された貯蔵庫には二十五トンが保管でき、百年間は管理できるように設計されているという。

 マヤークは四八年に稼働した旧ソ連初の兵器用プルトニウム生産の再処理工場などがある。川への放射性廃棄物のたれ流しや、五七年の高レベル廃棄物貯蔵タンクの爆発によって、周辺約二万三千平方キロが汚染され、約二万人が移住を余儀なくされるなど、「環境汚染」の元凶でもあった。

 そして今、核開発の犠牲になった町は、核軍縮に伴って余った核物質の捨て場にされようとしている。核の「ごみ」受け入れについて、チェリャビンスク州放射線安全局の責任者は「核開発の犠牲になったことを住民は忘れていない。しかし、広島、長崎を繰り返さないためにはやむを得ない」と弱々しく語った。

国際科学技術センター

研究者に職 流出を防ぐ

 核軍縮で仕事にあぶれた研究者の国外流出をどう防ぐか―。核拡散防止にとって極めて大きな課題である。日本はこの分野でもロシアに手を貸している。

 首都モスクワにある国際科学技術センター(ISTC)は九四年、日本や米国の政府間協定に基づいて発足。現在は欧州連合(EU)を含む十三カ国、地域が加盟する。日本は発足後、これまでに六千万ドル(約六十一億円)を提供している。

 ISTCは、かつて軍事目的の研究をしていたロシア国内の各研究所から提出された製品開発計画案などを他国や民間企業に紹介。いいアイデアに対して研究資金を提供してもらう、いわば「お見合い業務」を担う。

 過去十年間で約八百施設、五万八千人の研究者を紹介した。日本は現在、原潜の船体を水流で切る技術の開発や太平洋の海底の地形図製作などに資金提供している。

 ソ連崩壊に伴って、それまで優遇されていた研究者の収入が大幅に減った。「核兵器保有を目指す危険な国にヘッドハンティング(引き抜き)されるとの危機感が募った」と、ISTC担当者は打ち明ける。安定した収入を得ることで「核の闇市場」への誘惑防止を目指している。

ロシアの核年表

1943年 4月 ソ連科学アカデミーが、原爆開発の拠点として
         モスクワに第2研究室(後のクルチャトフ研究
         所)を設立
  46年12月 第2研究室の研究炉F―1が初臨界
  48年 6月 チェリャビンスク郊外にあるマヤーク核施設の
         兵器用原子炉が初臨界
  49年 8月 マヤークの再処理工場で抽出したプルトニウム
         を原料に、カザフスタンのセミパラチンスク実
         験場で初の原爆実験に成功
  54年 6月 オブニンスクで出力5000キロワットの原発
         が運転開始
  57年 9月 マヤークで高レベル廃棄物貯蔵タンクが爆発す
         る「ウラルの核惨事」が発生
  58年 8月 ソ連初の原潜ノベンバーが進水
  59年 9月 世界初の原子力砕氷船が進水
  86年 4月 チェルノブイリ原発4号基で炉心溶融を伴う爆
         発事故
  91年12月 ソ連邦崩壊
  93年 4月 トムスクのプルトニウム再処理工場で爆発事故
  94年12月 第一次戦略兵器削減条約(START-1)が
         発効
2000年 8月 演習中の原潜クルースクがバレンツ海で沈没
  03年 6月 モスクワ条約発効

ロシア科学アカデミー付属・国際安全研究センター(モスクワ)軍縮紛争解決部長

アレクサンドル・ピカエフ氏(42)に聞く

余剰核の管理課題

 ―ロシアの核解体の問題点は?
 核解体に伴って出る余剰核物質の管理が、全世界にとっても頭痛の種となる。高濃縮ウランは五百トンを米国へ送り、原発燃料などの商業用として加工する。プルトニウムはマヤーク核施設に新設した貯蔵庫を使う。余剰核物質の半分は適切に保管されているが、残りの保管作業が終わるまでには、あと十年はかかるとみられている。テロリストに狙われるおそれもあり、作業のスピードアップが急務だ。

 ―退役原潜の解体もスピードが遅いですね。
 解体待ちで使用済み核燃料を積んだままの原潜は八十隻余り。単純計算で原子炉は約百八十基に上る。それほど数多くの「チェルノブイリ原発」が係留されているということだ。極東地域でもし事故が起これば、広域的な海洋汚染や魚を媒介にした食物連鎖の危険もある。

 ―ズベズダ工場の原潜解体と保管を担う企業体「ダリラオ」の幹部は、解体作業の安全性を強調していましたが…。
 私は造船所に入ったことがあるが、その幹部の意見にはとても賛成できない。解体のためにいったん切断した「原子炉モジュール」は浸水や腐食の危険性がより高くなる。

 ―日本への要望は?
 日本の支援は非常に役立っている。まだ手付かずのカムチャツカは、ウラジオストクよりひどい状態だ。日本に近いし、ぜひ解体事業に参加してほしい。

 ―今後、ロシアの核解体は確実に進むでしょうか。
 楽観視できない。特に戦略核弾頭はモスクワ条約で二〇一二年までの削減目標を定めているが、米国側にはその後、条約を延長する意思がない。

 ―非戦略核兵器についてはどうでしょうか。
 米国は欧州諸国に配備しており、英国、フランス、中国も持っている。こうした国々が削減しないと、ロシアも進められない。米国は非戦略核兵器の削減に興味を持っていないようだ。

 ―北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大はロシアに影響を与えていますか。
 東方拡大に伴って、サンクトペテルブルクやモスクワがNATO諸国からの近距離核ミサイルの射程に入るおそれがでてきた。軍人は政治的距離ではなく、ミサイルの射程で判断する。いずれ核軍縮の向かい風になる可能性はあると思うが…。

 ―ロシアが臨界前核実験を繰り返しているとのニュースが世界に流れています。
 米国は包括的核実験禁止条約(CTBT)を批准していないし、インドやパキスタンは調印すらしていない。特に米国が批准しない限り、ロシアも備えをしないわけにはいかない。

 ―一九九八年に広島を訪れた時の印象は?
 悲劇のスケールの大きさと奇跡的に復興した姿に驚いた。核兵器全廃のためにさらに努めなければと自分を奮起させた。ロシアは八〇年代の五分の一まで核兵器を減らしている。世界で最も核軍縮に貢献した国だ。モスクワ条約でもロシアは核弾頭の削減目標を千個と提案したが、米国が応じず引き上げられた。世界に「ヒロシマ」を伝え、軍縮を進めたい。

 <プロフィル>米カーネギー国際平和財団モスクワセンターの核問題研究員やロシア下院の軍縮・国際安全保障に関する小委員会の主任顧問などを歴任。ロシアの核問題の第一人者として知られる。

(2004年12月2日朝刊掲載)

年別アーカイブ