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広島世界平和ミッション ロシア編 冷戦の航跡 <3> 原潜ウオッチャー 究明阻む かん口令の壁

 グリーンピースのロシア極東事務所は、ウラジオストク市内の小さなアパートの一室にあった。元沿海州地方議会議員で、一九八九年からグループの代表を務めるアナトリー・レベデフさん(63)が、ミッション第四陣を迎えてくれた。

テロも背景■

 メンバーが原潜解体工場へ入れなかった経緯を説明すると、彼は心得たように答えた。

 「管理する側の権限が細分化されて立ち入り手続きが分かりづらくなっているんだ」。加えて最近はロシア国内で頻発するテロも背景にある。「テロ対策を隠れみのに立ち入りをさらに制限している。私も入ったことはないよ」

 しかし、レベデフさんは工場の作業員の親せきや周辺住民から聞き取り調査を続けているという。「被曝(ひばく)するケースがあるとは聞いている。でも、この点は機密にされているから実態はよく分からない」と肩をすくめた。そして八五年八月、工場からさらに東のチェジマ湾ドゥナイの秘密艦船修理工場で起こった原潜爆発事故について話し始めた。

 事故は原子炉のウラン燃料棒交換中に起きた。乗組員十人が即死。消火に当たった約三百五十人も被曝したといわれているが、大部分はいまだ機密扱いだ。「被曝者は政府から秘密裏に補償を得た。健康被害は広がっているが、医師らにまでかん口令が引かれている」と訴える。

 さらに深刻なのが土壌汚染だ。当時の汚染土は工場近くの森に捨てたという。「異様に大きなキノコが見つかったという証言もある。何も知らない住民がそこに住み、キノコを食べている」と明かす。機密保持のためなら自国民ですら犠牲をいとわない。ロシアの原潜を取り巻くベールの厚さを痛感した。

 ただ、レベデフさんの話はどれも確証に欠けた。「資金がないからそれ以上は追跡できない」とこぼす。

 原潜解体に伴う他の問題点について彼は、使用済み核燃料などの保管、輸送のまずさを挙げた。「それには資金の問題も絡む。日本から提供された資金の一部は、モスクワの政府高官によって抜き取られている恐れが強い」と指摘する。

 話の途中でレベデフさんは何度も「グレゴリオ・パシコ」という名前を口にした。原潜解体事業を一緒に監視してきた仲間だという。

 パシコさんは元太平洋艦隊の機関紙の記者である。九三年に太平洋艦隊が原潜から出た放射性廃棄物を日本海に捨てた。その様子を自らビデオに収め、世界に紹介した。このため後にスパイ容疑でロシア保安局に逮捕、投獄された。

 「彼ならもっと核心に迫る情報をつかんでいるだろう」。メンバーはレベデフさんからモスクワに住む彼の自宅の連絡先を聞いた。

「めげない」■

 ウラジオストクでの三日間を、近くのハバロフスクで生まれ育った広島大大学院生のアンナ・シピローワさん(28)は「ロシア政府は市民にきちんと説明する姿勢に欠けている」と振り返った。

 その一方で市民団体の無力さをも痛感する。自由になったとはいえ「政府の責任を問う市民意識はまだ未熟。私たちも役人のあいまいな点を突き崩すだけの材料をそろえる準備が足りなかった」

 六年間日本に留学し、各国のイデオロギー形成の過程や平和意識について学ぶ「学究肌」は自らを率直に省みる。

 被爆者の森下弘さん(74)が励ました。「日本の被爆者援護運動も同じだった。政府の姿勢は市民の力ですぐには変わらない。粘り強くやるしかないよ」。おっとり口調の裏に、平和活動に長年取り組んできた被爆者の「めげない精神」がにじんでいた。

(2004年12月4日朝刊掲載)

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