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連載・特集

広島世界平和ミッション ロシア編 冷戦の航跡 <4> 科学の力 被曝実態 データで解明

 放射線生物学が専門のバレリー・ステパネンコ博士(59)は、モスクワの南西約百キロにあるオブニンスク市からミッション第四陣メンバーが滞在するホテルに車で駆け付けてくれた。

  共同で研究■

 オブニンスクは大統領令によって、ロシア初の「科学都市」に指定された。核関連の研究所が集まり、政府から潤沢な研究費の助成を受けている。ただ、かつての「閉鎖都市」は今でも許可がないと入れないため、彼の方から出向いてくれた。

 ステパネンコさんが働くロシア科学アカデミー付属の放射線医学研究所は、チェルノブイリ原発事故による放射能汚染地帯の環境調査と被曝(ひばく)住民の検診・治療を行う中核施設だ。広島大原爆放射線医科学研究所(原医研)とは、研究データと研究員を相互に交換する協定を結んでいる。

 ステパネンコさんも一九九六年七月から翌年三月まで原医研で研究した。広島の市民団体として、原医研と協力してカザフスタン・セミパラチンスク核実験場周辺の被曝者らを支援する小畠知恵子さん(52)とは当時からの知り合い。白いひげをたくわえた柔和な顔をほころばせて再会を喜んだ。

 メンバーは早速、ウラジオストクの原潜解体工場周辺における放射能汚染の可能性などについて質問した。

 すると彼は「被曝実態の調査は現場周辺でもできるよ」と説明を始めた。人の歯にたまる放射性物質のストロンチウムや、建物のれんがに含まれる石英の変化を調べれば、被曝線量が推計できるという。「広島大が先進的で実践的な技術を開発した」と付け足した。

 ステパネンコさんは原医研の星正治教授をはじめ各国の科学者と協力して、ロシア国内の核被害の実態を調べている。「私と星教授はチェルノブイリ原発事故で、周辺住民に甲状腺がんのリスクが高まっているのを突き止め、国際的な学会誌に共同発表した」とも。

 ソ連時代に四百五十回以上の核実験が行われたセミパラチンスクの被曝線量の確定も主な研究テーマに上げている。こうした「科学的根拠」を基に、政府に住民への支援策を求めているのだ。

 広島大大学院生のアンナ・シピローワさん(28)が「市民の立ち入り制限地域でも調査は可能なのか」と尋ねた。ステパネンコさんは「科学的な調査を目的に正式な手続きをすれば認められるケースもある」と言う。

 セミパラチンスクは当初、研究者でも核実験場には入れなかった。研究者は周辺の村から調査を始めた。その後、現地で核実験場に反対する住民運動が起こり、さらに調査活動が進んだ。

 「セミパラチンスクでは長年、そしてチェルノブイリでも数年間は、公の議論はできなかった。でも研究データの積み上げが障壁を取り払った」とステパネンコさん。

 広島の貢献■

 「政府からの圧力はないの?」。メンバーの矢継ぎ早の質問に「これまで圧力を受けた経験はない」と明確に答えた。科学目的を掲げたアプローチには、政府も比較的寛容なようだ。

 極東で市民の無力さを思い知らされたメンバーは「科学的調査」を目的に秘密のベールに迫る方法に目を開かされた。しかも、その技術に広島の研究者が大きく貢献していた。小畠さんは「極東地域の調査も、原医研に提案してみよう」と目を輝かせた。

 「今後の広島の役割は?」。神戸大大学院で国際協力を専攻する玉理充紀さん(22)の問いに、ステパネンコさんは「科学的な情報や知識を海外の専門家と共有する取り組みを広げてほしい」と期待を寄せた。

 ロシアの科学者の希望ある話に「元気」をもらったメンバーの表情は、明るかった。

(2004年12月6日朝刊掲載)

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