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広島世界平和ミッション ロシア編 冷戦の航跡 <5> 高官の発言 核大国 強気な姿勢露呈

 モスクワの中心街に並ぶビル群の裏手に目指すアパートはあった。一九一七年のロシア革命以前は貴族の家だったという。

 その一室が会見場になっている。居間に革のソファと暖炉。バーカウンターもある。政治の中枢クレムリンからは北へ約五百メートル。政府高官が一部の記者を招いて、公の場では明かしにくい話をする。いわゆる「政府関係筋によると…」というニュースの出所の一つだ。

 約束の時間に、細身の体に鋭い目つきの人物が現れた。セルゲイ・アンティポフさん(56)。原子力局次官で日露軍縮委員会のロシア側の代表でもある。特に原潜解体の政府の責任者だ。

 アンティポフさんはソ連時代からの原潜解体の歩みを説明した。建造した二百四十七隻中、百九十四隻が退役。うち百十一隻が北極海二カ所、極東一カ所の計三カ所の工場で解体されたという。

 「解体作業は放射能漏えいに加え、廃棄物の安全な処理と保管が大きな問題となる」。原子炉を含む船体中央部分と核燃料棒、作業で汚染された衣類や工具…。こうした核廃棄物の処理、保管施設がないために、九〇年代初めまでは年一、二隻の解体がやっとだった。

日本も拠出■

 現在は日本がウラジオストク近郊に造った液体放射性廃棄物の処理施設「すずらん」をはじめ欧米先進国の協力で施設整備が進み、年十五隻余の解体が可能になった。「解体には今後約四十億ドル(約四千百二十億円)かかる」という。

 うち十五億ドルはロシアの非核化を進める「グローバル・パートナーシップ」に加盟する主要国などが拠出を約束した。日本の負担は二億ドル。

 アンティポフさんは各国の支援への感謝を口にした後、こう付け加えた。「解体費用の大部分を外国が出しているという声があるが、ロシアは半分の二十億ドルを出している」。その言葉に大国のプライドがのぞく。

 被爆者の森下弘さん(74)が訴えた。「解体への協力の必要性は理解できる。しかし必要のないものを造っておきながら、今さらという思いもある」。アンティポフさんは「各国のメディアからも同様の質問をよく受ける」と応じた。

 驚いたのはその後だ。「しかし残念ながら世界の現実はもっと複雑だ。そもそも核兵器を最初に生み出したのは他国である。われわれは核兵器を実戦で一度も使っていない。もし核兵器を持っていなかったら、今のロシアは存在していない」

責任を転嫁■

 あぜんとするメンバーを前になおも続けた。「原潜解体もロシアだけでできる。でも、それでは時間がかかるし、原潜からの放射能汚染の危険性が高まる」。金の援助はなくても構わないけれど、「危ないよ」と言っているに等しかった。

 この発言にはロシア人留学生アンナ・シピローワさん(28)もあきれ顔だ。「お金を頼む態度じゃあないね」

 アンティポフさんは核軍縮の実現について条件を挙げた。「核保有国が同時に削減し、国家の安全保障が約束されなければならない」。相手に責任をなすり付け合い、真摯(しんし)に軍縮に取り組まない核保有国の姿勢そのものである。

 会見後、シピローワさんは「核兵器保有の理由に防衛を強調していた。現実的な意見だと思うけれど、核保有への罪の意識や違和感がないことが分かった」と、初めて触れた自国の政府高官の肉声に感想を漏らす。

 森下さんは「ロシアは今も小型核兵器の開発に手を染めている。核軍縮を進めているとはいえ、廃絶に向けて本気で取り組んでいない」と強い不満を表した。

(2004年12月8日朝刊掲載)

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