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広島世界平和ミッション ロシア編 冷戦の航跡 <8> 頭脳流出防止 民生研究へ各国後押し

 モスクワ市中心部から南へ約二十キロ。国際科学技術センター(ISTC)を訪ねたミッション第四陣メンバーは、日本など加盟十三カ国・地域の旗が掲げられた玄関ホールで、小畔(おぐる)敏彦事務局次長(48)の出迎えを受けた。

 ロシア、米国、欧州連合(EU)の代表者と合わせて計四人の事務局次長がおり、文部科学省派遣の小畔さんは技術部門の担当である。

 席に着くと小畔さんは早速、ISTCに関する資料を配布し、設立経緯などについて丁寧に説明を始めた。

崩壊で一変■

 小畔さんによると、ソ連時代、核兵器をはじめ大量破壊兵器の研究に携わった科学者らは、家を与えられるなど政府から優遇されていた。

 しかし、一九九一年末のソ連崩壊で状況は一変。政府からの研究資金は断たれ、彼らの給料はゼロの時期もあった。「今でも月二百ドルから三百ドル(約二万六百円―三万九百円)ほど」と小畔さん。

 生活のため、仕事を失った科学者らが核開発を目指す国へ「頭脳流出」すれば核拡散につながる。核物質の「闇市場」への横流しも懸念された。こうした危険を防止するため、軍事に代わる民生のための研究を促進し、科学者らの雇用確保を目的に米国などが中心になり九四年に設立した。

 同じ制度のあるウクライナを除き、旧ソ連圏の国々から寄せられた研究計画を紹介。加盟国や各国の企業が、有用だとする研究に対して資金提供する。日本政府は現在、原潜航行のために調べた太平洋の海底の地形図を、海洋研究に活用するために資金を投じている。

 日本政府はこれまでに六千万ドル(約六十一億円)を提供。が、ここ数年は不況の影響でその額は減っている。小畔さんは「民間企業から資金提供をどう募るかが課題」と明かす。広島大大学院生のアンナ・シピローワさん(28)は「日本にいると、いろいろな人からロシアの企業についてよく質問を受ける。もっと宣伝すればニーズはあると思う」と話した。

非核意識を■

 小畔さんは、日本の企業姿勢はとても慎重だという。「ロシアとの接点がこれまで少なかっただけに、企業側が一歩を踏み出せないようです」と難しさをうかがわせた。被爆者の森下弘さん(74)が「提供した研究費が再び軍事目的に流用される恐れはないのか」とチェック機能について尋ねると、小畔さんは「チェックは各研究所から申請が出された時に、ロシア側がしています」と答えた。

 局次長の立場でさえ、研究現場を視察するにはロシア政府へ申請して約一カ月はかかるという。

 これではウラジオストクでの原潜の解体作業と同じではないか。資金は出させても、テロ対策などを理由に支援国の点検は認めないロシアの姿勢にメンバーはあきれ顔だ。それをのむ日本にも疑問を感じた。

 市民運動家の小畠知恵子さん(52)さんが、主婦感覚で注文した。「お金を出すだけでは、国民は納得できない。透明性の確保は当然。被爆国として、研究者らに非核の哲学を持ってもらう取り組みが先にあってしかるべきでしょう」

 小畔さんは「ISTCの規約にないので具体的な試みは難しい。でも部下には非核の意識を持って働いてもらえるようにしたい」と答えるのが精いっぱいだった。

 帰国後の十一月半ば、プーチン大統領が核戦力の近代化構想として、数年以内に新型核ミサイルを実戦配備すると語った。非核化のための援助を受ける傍ら、核戦力強化に努めるロシア。メンバーが現地で矛盾を感じたのも至極当然だった。

(2004年12月11日朝刊掲載)

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