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広島世界平和ミッション ウクライナ編 未来への模索 <3> 核解体の犠牲 被曝兵士に病気が多発

 キエフの軍中央病院は、二十の専門病院が集まる複合施設である。ベッド数は計千百二十五床。軍民合わせて年間五十万人が治療を受けている。

 ミッション第四陣一行が本館に着くと、救急医療担当で内科医のレフ・ゴーリク副院長(51)が出迎えてくれた。大佐でもある軍医は、濃い緑の軍服を身に着け、手にした新聞のスクラップ帳を広げて、歯切れよく説明を始めた。

日本が支援■

 「日いづる国からの贈り物」とウクライナ語の見出しが躍る。一九九六年の地元紙の記事だ。日本政府から磁気共鳴画像装置(MRI)が届いたことを大きく取り上げている。この病院をはじめ、国内の他の軍病院へもこれまでに放射線照射治療装置や内視鏡などが送られている。

 ゴーリクさんによると、二〇〇一年までに「核に関する医療支援」として、日本から軍病院が受けた支援は総額七百万ドル(約七億二千万円)。他の施設も加えると二千万ドル(約二十億六千万円)に達するという。

 現在は第五次支援プログラムを両国間で練っている。ゴーリクさんは「医療機器はチェルノブイリ原発の事故処理作業者の治療にも使っている。支援のおかげで高度医療を実践できる」と感謝する。

 被爆者の森下弘さん(74)が「今後、日本に望むことは」と尋ねると、軍医は「患者が生涯、定期診断を受けるには、医療機器を更新し続ける必要がある。でも、わが国の財政事情では賄いきれない」と支援継続を訴えた。

 国内配備の核ミサイルは、東部にあるドニエプルぺトロフスクのミサイル工場へ運び、解体した。燃料は高圧の水流で洗い流し、核弾頭はロシアへ返還した。

 第四三戦略ロケット軍の兵士は解体作業後、血液循環や呼吸器、神経系などの異常症状を訴えた。現在、軍病院に登録して治療や定期検診を受けている現役、退役兵士は千七百人を超える。

燃料吸引も■

 被害の主要な原因は二つ。一つは放射線被曝(ひばく)であり、もう一つはロケット燃料の吸引によるものだ。

 心臓クリニック機能診断セクション部長のユーリ・タラデイさん(50)は「被曝した兵士は他の患者に比べ、心臓機能にまつわる疾患の罹患(りかん)率が高い」と経験的に語る。動脈硬化や虚血性心疾患にも関係がありそうだ、という。「大気に放出されたロケット燃料を吸った者には、免疫力低下が目立つ」とも。

 機能診断室には九八年に日本から送られた超音波診断装置があった。タラデイさんは「これまでに延べ二万九千人の患者を、この装置で検査した」と言う。メンバーは被爆国日本の支援が実際に役立っている現場に触れて素直に喜んだ。

 市民活動家の小畠知恵子さん(52)は、広島県、広島市、地元研究機関などで組織する放射線被曝者医療国際協力推進協議会(HICARE)が発刊した英文冊子「原爆放射線の人体影響」をスーツケースにしのばせて、ミッションに参加した。

 訪問国で放射線医療や被曝者支援に取り組む「仲間」に、広島が蓄えてきた英知を紹介するのが目的だった。小畠さんが「ぜひ読んでください」と、タラデイさんにその冊子を手渡した。彼は「病院の図書館に置きます。いつか広島も訪ねてみたい」と笑顔を返した。

 核戦争の悲劇を繰り返さないために取り組んだはずの解体。だが、それによって新たな被曝の苦しみが生まれる。メンバーはロシアのマヤーク核施設周辺での体験に似た、核兵器廃絶に伴う困難を痛感した。

(2005年1月12日朝刊掲載)

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