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[核禁条約 私の国では] オブザーバー参加 NATO加盟国の現状は 発効1年 地元の反核NGOに聞く

 核兵器禁止条約(TPNW)の発効から22日で1年を迎えた。米国やロシアなど核兵器保有9カ国に加え、日本を含め米国の「核の傘」の下にいる国々は条約に背を向けたままだ。そんな中で昨年、北大西洋条約機構(NATO)に加盟するノルウェーとドイツが、3月に予定される第1回締約国会議(ウィーン)にオブザーバー参加する意向を相次ぎ表明した。地元の反核非政府組織(NGO)の関係者から現状をオンラインで聞いた。(金崎由美、湯浅梨奈)

ノルウェー 一歩前進 批准は否定

  ―ノルウェーがオブザーバー参加を表明するまでの経緯を教えてください。
 2013年にさかのぼる。労働党主導の連立政権だった当時、政府が首都オスロで第1回「核兵器の非人道性に関する国際会議」を主催した。TPNW実現の端緒となった会議だ。しかし直後の総選挙で政権交代し、17年の条約交渉会議にも参加しなかった。

  ―再度の政権交代が転機になったと聞いています。
 昨年10月、労働党主導の連立政権が発足した。ストーレ首相は国際会議を開いた当時の外相。私たちはこの間、政府への働き掛けを続けてきたが、やっとここまでこぎ着けた。

  ―NATOのストルテンベルグ事務総長はノルウェー出身です。
 国際会議を開いた時の首相だが、今回は締約国会議への不参加を求めて政府に圧力をかけてきた。現政権は、NATOにすべて従うのでなく「自分たちが正しいと思う行動をとる」と表明した。次いでドイツも参加を表明したことで、私たちは勇気づけられた。

  ―「核の傘」の下のNATO加盟国がTPNWを批准することは可能ですか。
 政治的意思の問題だと考える。核兵器に関わる活動についてわが国は参加しない、と決めれば可能だ。核抑止力を軍事戦略に据えた同盟のあり方自体を見直すべき時でもある。

  ―オブザーバー参加をしても、条約批准への入り口にすら至っていないのが現実では。
 首相はオブザーバー参加を表明すると同時に「条約批准はしない」と明言した。「一方的な軍縮措置に等しい。それには反対」だという。政党や市民社会で連携し、手紙や会員制交流サイト(SNS)、面会などあらゆる手段で議員にアプローチを続ける。61の地方議会が核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN(アイキャン))の「都市アピール」に賛同して条約支持を決議した。自治体の役割も重要だ。

  ―日本はオブザーバー参加に否定的です。
 大変遺憾だ。日本の態度は、核保有国を国際社会の圧力から守っているように見える。戦争被爆国の参加には大きな意義があり、世界が注目している。

  ―ノルウェーの動きにも注目したいです。
 ノルウェーは、有志国とNGOの主導による「オスロ・プロセス」を経てクラスター弾禁止条約(オスロ条約)を実現させた。17年にはオスロでICANがノーベル平和賞を受けた。築き上げてきた国際的なネットワークと経験を生かし、核兵器という非人道兵器の禁止を強化していく。

 1973年生まれ。NGO「ノルウェジャン・ピープルズ・エイド(NPA)」事務総長。2003~07年、左派社会党副党首。05~13年、ストルテンベルグ政権で環境、財務などの副大臣を歴任。

IPPNW(核戦争防止国際医師会議)支部 クセンシー・ホール事務局長

ドイツ 2与党 核軍縮に熱心

  ―ドイツは、米軍の戦術核がNATOの「核共有」として冷戦期から配備されている国でもあります。
 それだけに、オブザーバー参加を引き出したことは私たちにとって大きな成果だ。政府がTPNWの議論に直接関与する初めての機会となる。昨年発足した3党連立政権では、特に社会民主党(SPD)と緑の党が核軍縮に熱心だ。だが、連立合意には核共有の継続も含まれた。戦術核が配備されたビューヒェル空軍基地に通って1990年代から反対運動を続けてきた一人として、喜んでばかりはいられない。

 ―どんな内容ですか。
 米国は、核爆弾B61の寿命を延ばし、最新鋭にする作業を進めている。一方で、B61を搭載するドイツ空軍の戦闘機が更新時期を迎えるため、後継機種を選定することになっている。

 ―配備の永続化になりませんか。
 ところが、フランスと共同開発している次世代戦闘機の完成はまだ先だ。核攻撃能力を持たせた米軍のFA18やF35の購入が取り沙汰されるなど、議論は複雑になっている。巨額のお金を、戦闘機よりも地球温暖化対策に回すべきだ。前向きな提案をしながら一歩一歩、政策を変えていきたい。

 ―ウクライナを巡りNATOとロシアは一触即発の状況です。「冷戦の遺物」であっても、戦術核は必要だという声が高まりませんか。
 そもそも戦闘機は途中で給油しないとドイツとロシア本国の間を往復できない。それでも万が一使われれば、被害は壊滅的で、広島と長崎で起こったことが繰り返されかねない。このような兵器の存在はますます危険だ。

 ―ショルツ政権は、条約署名には否定的です。ドイツに何が必要ですか。
 戦術核を撤去し、NATOの核計画から手を引くと決めること。さらに、有志国でNATOの軍事戦略の非核化を求めていくことだ。全加盟国が参加する核拡散防止条約(NPT)の軍縮義務と合致する。北大西洋条約に、核兵器を戦略に組み込むことを法的に要求する文言はない。「核同盟」と自称しているのも、2010年からだ。

 ―ドイツの国内世論は反核意識が強い、という印象があります。
 核兵器と原子力の平和利用は、材料と技術ともに表裏一体の関係だと国民は理解している。原発にも根強い反対があることが大きいと思う。

 ―岸田文雄首相は「米国との信頼関係を優先する」と言い、日本のオブザーバー参加には消極姿勢のままです。
 TPNWは発効済みの多国間条約。その条約を尊重し、締約国会議への参加を自国で決めることは主権国家として当然だ。私たちは、それで米独間の信頼が揺らぐとも、米国にお伺いを立てる必要があるとも思っていない。

 ―オブザーバー参加の意向を示した欧州の国は現在5カ国で、(日本など16カ国が加わる)「ストックホルム・イニシアチブ」のメンバーですね。
 この有志国グループは、NPT体制を重視しながら、対立が深まる核保有国と非保有国の「橋渡し」をするとしている。特にスイスの意欲は強い。TPNWの交渉会議に参加し、賛成票を投じたのがスイスとスウェーデンだった。橋渡し役としてアピールしたいのだろう。オブザーバー国をさらに増やそうと、私たち市民は国際的に連携して動いている。日本の参加も見たい。

 1959年、スコットランド生まれ。92年から核戦争防止国際医師会議(IPPNW)ドイツ支部に所属し、現在事務局長。ICANドイツの共同創設者で、理事も務める。ベルリン在住。

「核の傘」依存国に働き掛け ICAN

22ヵ国の元政府首脳ら書簡

条約と同盟 両立「可能」

 2017年に122カ国・地域の賛成により国連で採択されたTPNW。現在の加盟国は59カ国で署名済みは30カ国だが、9割近くが中南米、東南アジアなど各地の非核兵器地帯条約にも参加している。「非核の傘」を選択した国々だ。

 だが核保有国のTPNW加盟は見通せない。そこでICANは、「核の傘」に依存する各国への働き掛けを重視している。20年9月、2人の元NATO事務総長を含む22カ国の元首相、元国防相ら56人が「同盟国との関係を維持しながらの条約加盟は可能」とする公開書簡をとりまとめた。

 TPNWは、ドイツのように自国の領土に他国の核兵器を配備させることを禁止する。一方、日本やノルウェーのような国については「核の傘で守ってくれるよう同盟国に求めれば、第1条で禁止する『条約で禁止された活動の援助』に当たるとみられるが明確でない」と大阪大の黒沢満名誉教授は話す。締約国会議で詰める必要がある。

 黒沢氏は「核抑止依存の現状について国内議論を深めないまま、日本が条約へと進むことはできない」とも指摘する。米バイデン政権が検討している「核兵器の先制不使用」政策の採用に日本政府が難色を示していることなど、日米安全保障体制の在り方を巡る重い課題がいくつも横たわる。

北大西洋条約機構(NATO)
 1949年、旧ソ連の脅威に対抗するため北米と西欧の12カ国で発足した軍事同盟。現在は核兵器を保有する米国、英国、フランスを含む30カ国で、本部はベルギーの首都ブリュッセル。

 核戦力の独立を重視するフランスを除く加盟国は、核抑止の状況に関する協議に関与している。米国による戦略核の「傘」に加え、短い射程の戦術核を平時から加盟国に配備し、有事に米軍や配備された国の軍が使えるようにしておく「核共有」も冷戦期から継続。計6基地に推定で計100前後の核爆弾を置く。広島大平和センターの友次晋介准教授は「ドイツがフランスとの間で不平等を感じるとともに、安全保障上の観点から核武装を目指すのを阻む意図もあった」と説明する。

 ロシアも戦術核を推定で数千発持つが、米ロの核軍縮交渉の対象になっていない。

(2022年1月24日朝刊掲載)

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