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社説・コラム

「いまはむかし」伊勢真一監督 映画人の父を探して 戦時の国策 ジャワで担う

 ヒューマンドキュメンタリーの名手、伊勢真一監督(72)の新作映画「いまはむかし 父・ジャワ・幻のフィルム」が広島市などで公開中だ。戦中期、日本軍が占領したインドネシアで国策映画の製作に携わった父親の面影を、長い歳月をかけて追った作品。歴史、記憶、映像といった遠大なテーマに鑑賞者を引き込む。

 伊勢監督の父は、ドキュメンタリー映画界で「編集の神様」とも呼ばれた伊勢長之助(1912~73年)。戦後の作品では東京裁判や大阪万博の記録映画のほか、産業・科学映画の傑作にもその名が刻まれる構成・編集者だ。

 父の足跡を映画でたどることを伊勢監督が思い立ったのは、実に30年も前という。監督が3歳の時に母と別れ、家を出た父。知られざる戦中期を含め、同じ映画人として「変な先入観はなしに迫れるのではと思った」。こつこつと資料や情報を集め、インドネシアなど海外取材も重ねた。やはり映画界に進んだ息子、俳優となった娘もスタッフに加わり、ついに完成を見た。

 長之助の所属した日本映画社ジャワ支局が製作し、オランダで保管されていた国策映画の「幻のフィルム」が、作中で紹介される。「防衛義勇軍の歌」「ロームシャ」など日本への協力や戦意高揚を促す作品もあれば、「マラリア撲滅」といった教育・文化映画も。目を見張る完成度で、精鋭たちが理想と情熱を注いださまがうかがえる。

 他方、伊勢監督がインドネシアの路地を歩き、戦争を体験した世代に聞いた日本人像は、そうした理想とは別の側面を映し出す。覚えている日本語を尋ねられた男性が「バカヤロー!」を挙げるのは一例だ。

 肉親へのいとおしみをたたえ、戦中の日本をあらかじめ断罪するトーンとは遠い本作。それ故にかえって、国策映画が結果的に担った役割や、体験を語る老人たちの表情の意味が、澄んだ光でスクリーンに浮かぶ。伊勢監督が作中でうめく言葉が印象深い。「映像の方がすごいんだよね、人間より。ずっと覚えてる。人間は忘れるけど」

 広島市西区の横川シネマで2月3日まで上映。今月23日は伊勢監督が上映後にトークする。(道面雅量)

(2022年1月22日朝刊掲載)

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