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連載・特集

緑地帯 児玉しおり フランスで暮らして30年①

 フランス人、日本人を問わず、「フランスに来て何年ですか」とよく聞かれる。計算するのが面倒なので、数年前までは「20年です」と答えていたのだが、ある日30年を過ぎていたことに気づいた。

 30年! 私がフランスに来たのは1989年。「なぜ、フランスに来たのか?」も定番の質問だが、「バカンスに来ました」と答えておく。バブル期に広告会社で働いていたので長時間労働に疲れ、休憩しようと思ったのは本当だ。だがフランスには何の思い入れも憧れもなく、非英語圏に行ってみようという軽い思いつきだった。

 こうして学生ビザを取って、地方の大学の外国人向け仏語講座に1年間通った。最初は学生寮、その後、アパート内の1部屋を借り、ギリシャ人女学生と生活した。仏語講座に通うのは外国人ばかりなので、欧州のさまざまな国の人や日本人、台湾人などの友だちができた。授業の合間に映画を見たり、ダンス教室に通ったり、友だちに会ったりと学生生活を楽しんだ。

 地方の学生の主な行事は「フェット」(誰かの家で飲んで踊るパーティー)だ。誕生日や試験終了などを口実に頻繁に催された。酒と音楽とおしゃべりと踊り…問題は地方都市では夜8時にバスがなくなることだった。そこで中古自転車を買ってフェットはもちろん、映画館、街の散策、夏は海と行動範囲がぐんと広がった。ドイツ人の友人と列車に自転車を載せて、アルルやアヴィニョンを自転車旅行したのは今でもいい思い出だ。(こだま・しおり ライター・翻訳家=パリ郊外在住、三次市出身)

(2022年1月18日朝刊掲載)

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