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連載・特集

緑地帯 児玉しおり フランスで暮らして30年②

 地方でのんびりと1年間の学生生活を終え、パリに行くことにした。遊学資金が心細くなってきたので、パリなら学生アルバイトが見つけやすいと思ったからだ。ソルボンヌ大学の文明講座に登録し、夏の間にいた女学生寮で知り合ったサビーヌと一緒にシェアするアパートを探すことになった。といっても、彼女が私の旅行中に2部屋アパートを見つけて引っ越しまで済ませてくれたのだが…。

 パリではアパート探しも大変だ。家賃は2000年代初めから急上昇し、今では20平方メートルのワンルームでも最低800ユーロ(日本円で約10万5千円)なので、シェアが増えている。住宅手当をもらえても生活は厳しく、コロナのロックダウンでバイト収入が減った学生が食料無料配布所に長蛇の列をつくるニュースが流れたりした。

 話が脱線したが、サビーヌの親が保証人になってくれたおかげで無事入居でき、700ユーロ相当の家賃を折半した。そのうち在仏邦人のためのフリーペーパーのバイトがみつかり、家賃・光熱費、食費を払っても少し余裕があった。昔の学生はラテン語で学んだのでソルボンヌ界隈はカルチエ・ラタンと呼ばれ、カフェ、書店、名画座などが集まった学生街だった。ところが、ここに15年くらい前に行って驚いた。文庫クセジュで有名な仏大学出版局(PUF)の大型書店は服屋に変わり、カフェは観光客に占領され、全体に服飾店が増えて、学生街の雰囲気がなくなっていた。

 幸いにも7軒ほどの名画座は今でも健在で、当時、古いフランス映画はもちろん、黒澤、小津、成瀬などの日本の名画はすべてパリで見ることができたのは幸運だった。(ライター・翻訳家=パリ郊外在住、三次市出身)

(2022年1月19日朝刊掲載)

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