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連載・特集

緑地帯 児玉しおり フランスで暮らして30年③

 学生滞在許可証を維持するためもあり、パリ第3大学の仏現代文学修士課程に入り、シュールレアリスム詩を論文のテーマに選んだ。週20時間のバイトとかけ持ちでは論文を書く時間が取れず、1年のところを2年で修了した。

 フリーペーパーでは1週間の時事をまとめたり、映画・展覧会・イベントを紹介したりした。当時は展覧会の開幕パーティーにもよく出かけたものだ。飲み物を片手に文化的な雰囲気をまとった人々が作品を鑑賞しながら談笑するという世界も垣間見た。文化的催しが豊富だった。文化政策重視のミッテラン政権時代は自由でおおらかな雰囲気があったように思う。

 フランスのニュースをまとめる仕事のおかげで、フランスの政治・経済・社会についても少しずつ理解できるようになった。当時のクレッソン首相の「日本人は蟻(あり)」発言など忘れられない出来事は多々あるが、フランスが湾岸戦争に参戦するとき、ミッテラン大統領がテレビ演説で、「武力がものをいう時が来た」と言ったときの重々しい口調は特に印象に残った。フランスは外国にも軍事介入する軍事大国なのだと再認識させられた。

 フリーペーパーの仕事を通じて、なじみの薄かった邦人社会にも触れた。1990年代半ば、在仏邦人3万人(うちパリ首都圏2万人)、約300社の日系企業がフランスにあるといわれていた。97年には瀟洒(しょうしゃ)なパリ日本文化会館がオープン。日本の映画、美術、工芸、音楽を紹介する多彩なイベントが催された。日本の漫画が若者文化を席巻するより少し前のことだ。(ライター・翻訳家=パリ郊外在住、三次市出身)

(2022年1月20日朝刊掲載)

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