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連載・特集

緑地帯 児玉しおり フランスで暮らして30年⑦

 20冊以上の児童書を訳した後、ノンフィクションの本の翻訳に興味を持ち始めたのは、2015年にベルリンの壁崩壊25周年の特集記事のため、世界の壁について詳しい人へのインタビュー手配と通訳を日本の新聞社から頼まれたのがきっかけだ。パレスチナ、米・メキシコ、北アイルランドなど世界中の9カ所の壁や柵を実地調査して、その歴史・地政学的背景、「壁」の意味、壁の両側に住む人々への影響などをまとめた本の執筆者アレクサンドラ・ノヴォスロフ氏を取材した。その出会いはずっと心に残っていたが、16年に米大統領候補になったトランプ氏が米・メキシコ間に壁を造るという発言を繰り返したことに反発を覚えて、この本をぜひ日本に紹介したいと思い、幸運にも某出版社が刊行してくれることになった。こうして17年に刊行されたのが「世界を分断する『壁』」だ。

 それから最近の訳書「黒人と白人の世界史」まで5冊のノンフィクションを訳したが、すべて自分で日本の出版社に企画を持ち込んだもの。奴隷制や奴隷貿易、植民地主義という歴史から「人種」の成り立ちの解明を試みた同書はル・モンド紙の書評を読んですぐに本を取り寄せて読んでぜひ訳したいと思った。歴史的な出来事の訳語を確認するのにかなり手間取ったが、苦労して出来上がった本を手に取る喜びはひとしおだ。

 児童書は想像力をかきたてられ、訳すのには表現力が問われるが、ノンフィクションのほうは好奇心をかき立てられ、自分の勉強にもなるところが気に入っている。(ライター・翻訳家=パリ郊外在住、三次市出身)

(2022年1月26日朝刊掲載)

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