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連載・特集

広島世界平和ミッション インド編 非暴力の行方 <4> 未来のジャーナリスト 核保有と向き合い学ぶ

 ムンバイ市中心部から約十キロ北にある大学街。ミッション第五陣メンバー五人は、ジャーナリストを志す若者たちが学ぶ「ハルキサン・メータ財団ジャーナリズム研究所」を訪ねた。

 新聞、テレビ、広告などの分野でジャーナリズムを学ぼうと同研究所に通う学生は約九十人。そのほとんどが、被爆者の岡田恵美子さん(68)の話を聞こうとホールに集まった。

 「ヒロシマセミナー」は、パネル討論形式で進行した。コーディネーター役を務めた元新聞記者のアブハイ・モカシ所長は冒頭、学生たちに呼び掛けた。

 「あなたたちにはヒロシマ・ナガサキはもちろん、世界全体を見渡して平和を考えるジャーナリストに育ってほしい」。二十年に及ぶ記者生活を通じ、社会を正すには個々人への働きかけと同時に、世論に影響を及ぼすメディアの存在が重要だと痛感しているからだ。

質問次々と■

 原爆被害の惨状や広島の復興過程などを描いた記録映画を見た後、岡田さんが被爆体験を語った。「原爆の被害はその瞬間だけではありません。今に至るまで多くの被爆者ががんなどの病気に苦しみ、ケロイドや失明で人生が変わった人や将来を悲観して自殺した人もいました」

 会社員のジェームス・ジョーセフさん(48)が、時おり背景説明を加えながら岡田さんの言葉を分かりやすく英訳した。

 モカシさんが質問を募ると、会場から次々と手が挙がった。「米国への憎しみをどう乗り越えたのか」「今の米国に何か働きかけているか」…。

 ひときわ強い口調で発言する女子学生がいた。「人間は病気を予防するために免疫を持っている。インドの核保有は免疫みたいなもので、パキスタンが使うかもしれないから、その予防のために持っているとみんな思っている。あなたたちはこうした考えの持ち主をどう説得するのですか」

 市民団体代表の渡部朋子さん(51)が、しばらく考えてからマイクを取った。「多くの国が同じことを言って核兵器を保有しています。その理屈でいえば世界中が核兵器を持たなくてはいけなくなる」

 渡部さんは、広島・長崎以後も、世界には核実験や核事故などによって被曝(ひばく)者が増え続けている事実を指摘。さらに国家だけでなく、テロリストも核を持つ時代を迎えていると説いて、言葉を継いだ。

 「相手を恐れてすべての国が核兵器を持つより、いかなる国も持たない道を選ぶ方が賢明です。道は険しいし、私の力はアリのように小さいけれど、あきらめずに伝えようと思います」

 セミナー終了後、渡部さんは若者たちとメールアドレスの交換などをした。インドの旅を続けながら、根強い核抑止論に市民が立ち向かうには「人間のネットワークしかない」と感じたからだ。

人間として■

 一人の学生が記者に話し掛けてきた。「免疫」発言をしたカビタ・タテさん(23)である。彼女は個人的にはインドも核保有すべきでないと考えるという。「ただ隣国パキスタンが保有し、核大国が国際社会で発言力を持つ現実を考えると単純に否定するのは難しい」と打ち明けた。

 タテさんら学生には、セミナーを記事にまとめる宿題が出ていた。彼女に印象を尋ねると、核問題を政治的観点だけでなく、人間の問題として考える大切さを学んだという。

 「広島で何が起こったかを詳しく知り、心で受け止めることが核兵器をなくすことにつながるのではないか。それができるジャーナリストになりたい」。まなざしが熱かった。

(2005年3月19日朝刊掲載)

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