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連載・特集

広島世界平和ミッション パキスタン編 希望の灯 <1> 平和子ども博物館 正面から核取り上げる

 広島世界平和ミッション(広島国際文化財団主催)の第五陣メンバーは、二月五日から十日間、大英帝国下のインドから、イスラム国家として分離独立したパキスタンを巡った。米国の「対テロ戦争」や核の闇市場、アフガン難民問題など国際情勢の変化に揺れる「核保有国」。民主主義社会ともほど遠かった。そんな状況下、核兵器のない世界を目指し、地道に平和活動を続ける人々の姿は「希望の灯(ともしび)」にも映った。(文・森田裕美 写真・山本誉)

 仕事で一足先に帰国した会社員のジェームス・ジョーセフさん(48)と別れた一行は、インド・ムンバイから空路、アラビア海に面したシンド州カラチに着いた。

 一九六〇年まで首都だったカラチは、推定人口千二百万人のパキスタン最大の都市である。四七年に独立した際、インドから多数のイスラム教徒が流入。古くから暮らすシンド人との間に争いが続き、テロや暴動などもしばしば起きている。

開館遅れる■

 メンバー四人は、この街で「平和と人権のための子ども博物館」建設を進める非政府組織(NGO)「人権教育プログラム」の事務所を訪ね、ディレクターのズルフィカル・アリさん(38)と会った。三月開館と聞いていた博物館はまだなく、子どもたちが描いた絵や資料が山積みされていた。

 同NGOは、子どもたちの心に平和をはぐくもうと、九五年から人権をテーマにした教育プログラムに取り組んでいる。スタッフ十二人とボランティア十五人で運営。学校向けに、平和教育教材を制作したり、教員に活用法を指導したりしている。資金は賛同する国内外の企業やNGOなどの援助でまかなう。

 八〇年代、英国に留学していたアリさんは、国際人権団体の活動に触れ、子どもの教育に関心を深めた。心理学や教育学を学んで帰国し、活動を始めた。

 二〇〇一年、NGO会議で初めて訪れた大阪。被爆国の平和教育や平和博物館の取り組みを目の当たりにし、カラチでの建設を思い立った。

 「博物館があれば、そこを平和人権教育の実践の拠点にできる」。パキスタンの識字率は政府発表で51・6%。だが学校に通えない子どもも多く、実際の識字率は30―40%といわれる。それだけに「視覚や体験を通じ、平和の心を育てる施設が一層重要になる」とアリさんは力説した。

 計画では、ワークショップ用の部屋や資料室のほか、テーマ別に五つの展示室を設置。子どもたちの作品や世界の平和運動の歩みを紹介する。多様な文化を理解したり、暴動などを生む地元カラチの歴史や文化的背景を学ぶコーナーもつくる。

広島を訪問■

 目玉は「核ギャラリー」。世界の核被害を展示し、核時代に警鐘を鳴らす。「印パが核対峙(たいじ)している南アジアに、核問題を正面から取り上げた博物館はほかに例がない」とその意義を説く。昨年は広島、長崎の原爆資料館も訪ね、資料提供や人材交流など協力を要請したという。

 市民団体代表の渡部朋子さん(51)は「子どもの絵を裕福な人に買ってもらい、教育に役立てては」。東広島市職員の中谷俊一さん(37)は「インターネット上でバーチャル(仮想)博物館を展開してみては」と次々提案した。

 開館が遅れているのは土地購入費など資金が足りないからだ。「なんとか今年中には開館したい」とアリさんは言う。用地購入とビル建設に約二億二千万円かかると聞いた被爆者の岡田恵美子さん(68)は「核兵器の製造を考えたら、大した額ではないですね」とつぶやいた。アリさんは苦笑しながらうなずいた。

 が、この国でそうした理解を得るのがいかに難しいか。アリさんの表情に秘められた悩みを、一行は旅を通じて思い知ることになる。

  (2005年4月11日朝刊掲載)

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