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連載・特集

広島世界平和ミッション パキスタン編 希望の灯 <2> 反核医師 貧困の壁 活動浸透せず

 日曜の午前。カラチ市街で開かれた地元医師会主催の健康マラソン。飛び入り参加したミッション第五陣メンバーは、ステージから約千五百人の参加者を前に、被爆地広島の経験や平和の尊さをアピール。その後、手づくりの横断幕を掲げ、市民と一緒に約三キロを歩き、汗を流した。

 「お疲れさま」。服を着替えてカラチ医師会の事務所を訪ねると、「平和と開発のためのパキスタン医師会(PDPD)」のティプ・スルタン会長(59)が一行を迎えてくれた。

 「パキスタンでは毎年、十万人中四百三十三人が水など不衛生が原因で死亡している。こうしたイベントを通じて、健康への意識啓発をするのも大事なんですよ」。スルタンさんは穏やかに言った。

抗議に遭う■

 実はPDPDは、ノーベル平和賞を受賞した国際組織「核戦争防止国際医師会議(IPPNW)」のパキスタン支部である。一九八五年に発足したものの、「国を守るために核兵器が必要」とする厳格なイスラム教徒らの抗議デモなどに遭い、九一年から名前を変えて活動していた。

 「医師として放射線の悪影響などが分かっていても、核兵器を持っていれば安心と思っている者も多い」と言う。

 メンバーが、国の政策や市民へのPDPDの影響力について尋ねると、スルタンさんは「残念ながらない」とあっさり打ち明けた。逆に国策に反しているとして「政府から妨害を受けることはあるがね」と苦笑する。

 九〇年に広島市で開かれたIPPNWの世界大会。政府から出国許可が下りなかったスルタンさんは、結局参加を断念せざるを得なかった。それ以後、会員は「私用」を名目にIPPNWの会議に出掛けているという。

 話題はパキスタン社会の現状に及んだ。同じ植民地下の英国から独立したインドとパキスタン。前者は民主主義国家を築いたが、後者は今も封建制度が根強く残る。

 「全国の四州から選ばれる議員のうち、85%は封建領主や彼らと深く結び付いた元軍人。こうした人たちが国を牛耳り、体制を変革するのは難しい」とスルタンさん。

 さらにパキスタン人の六割以上は、貧困のために教育を受けられない。イスラム原理主義者らは、こうした子どもたちを「マドラサ」と呼ばれる神学校に集めて無料で教育し、原理主義や核兵器保有の必要性を説く。知識がない子どもたちは、容易に洗脳されてしまうという。

 広島修道大大学院生の佐々木崇介さん(22)が「平和学では『貧困こそが平和を阻害する原因』と習いました」と話すと、スルタンさんはうなずいて言った。「核兵器開発など膨大な軍事費が貧困につながっている現実を知らせようと、新聞やラジオで訴えたりもした。でも、メディアに触れる機会すらない貧しい人たちには届かない」

まずは教育■

 「それに…」と被爆者の岡田恵美子さん(68)が、スルタンさんの言葉を継ぐように言った。「私は八歳で被爆し、生き残った後もとてもひもじい思いをしました。貧しい人たちは、核兵器の話を聞くより、今日食べるパンが欲しいのだと思う。その気持ちが私にはよく分かります」

 貧困、それ故の教育機会の喪失…。こうした現実を前に、自分たちに何ができるのか。考え込むメンバーに、スルタンさんは言った。「とにかく教育だ。教育を受けられない人にいくらヒロシマの悲劇を伝えてもなかなか通じない」

 パキスタンでは、国家歳出の大部分が軍事費に回る。教育費は国内総生産(GDP)の1・4%にすぎない。

 「だから、あなたたちにはこの国の政治家に教育の重要性を訴え、圧力をかけてもらいたい」。スルタンさんは最後にこう訴えた。

(2005年4月12日朝刊掲載)

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