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社説・コラム

広島世界平和ミッション パキスタン訪問を終えて 特別編集委員 田城明

和平と民主化は不可分

 広島世界平和ミッション(広島国際文化財団主催)の第五陣一行は、インドに続いてパキスタンを訪ね、首都イスラマバードなど四都市で、さまざまな層の市民と対話を重ねた。

 被爆者らメンバー四人が伝えようとした「平和と和解」「核兵器廃絶」を願うヒロシマのメッセージは、核保有を是認する大方の世論を前に、時に厳しい壁にぶち当たった。そのあたりは十九日付で終えたパキスタン編の連載「希望の灯(ともしび)」で、森田裕美記者が触れた。

 核兵器に対するパキスタン人の基本的な姿勢は、ミッション訪問時も今も変わらない。ただ一行が二月半ばに帰国後、印パ関係には明るい兆しが見え始めた。とりわけ、領有権をめぐって両国が対立してきたカシミールでは、四月七日からインド側管理のスリナガルとパキスタン側管理のムザファラバード間にバスが通い始めた。

 さらにパキスタンのムシャラフ大統領が「クリケット外交」でインドを訪問。ニューデリーでインドのシン首相と首脳会談を開いた。十八日に発表された信頼醸成措置を盛り込んだ共同声明では「和平プロセスは逆行させないと決意した」とうたいあげた。

 対立の歴史に光は見えてきたのか? 人・モノ・情報が行き交えば、印パ間の信頼関係はおのずと深まるだろう。だが、これまで政府間レベルの約束は何度も裏切られてきた。

 パキスタンでは、主要には政治、社会構造が障壁になった。一九四七年の独立以来、この国の政治、経済をコントロールしてきたのは軍部と封建領主、そしてイスラムの宗教家たちだ。封建領主や彼らと結びついた元軍人たちが、下院議会の85%を占めると聞けば、彼ら支配層の利益のために政治が行われてきたのは自明だろう。

戦闘機を購入

 国家予算の大部分は、軍事費と負債の返還で消えていく。首脳会談で核開発の中止が協議されたわけでもない。それどころか、三月末にはパキスタン政府が米国からF16戦闘機を二十余機購入することが明らかになった。一機四十億円以上という高価な買い物だ。

 それに比べ教育や福祉など民政予算はごくわずか。いまだに人口の六割以上が貧困のために教育すら受けられないのが現実である。

 封建領主らは、教育の普及は封建制度の崩壊につながると危惧(きぐ)する。強い影響力を持つ軍部も、身近に脅威がある方が軍事予算の獲得にも、軍の存在感を国民に示す上からも重要なのだ。

 パキスタンの良心的知識人は、この国が抱える構造的な社会矛盾を身にしみて感じている。その一人、パキスタンの元財務大臣ムバシ・ハッサンさん(83)=ラホール市=は、九四年に「印パの市民の間に信頼醸成を築こう」と、両国の人権活動家や学者ら二十四人とともに、「平和と民主主義を求めるパキスタン・インド人民フォーラム」を創設した。

 九六年にハッサンさんを取材した折、彼はこう言ったものだ。「英帝国主義の植民地支配と同じように、一部の人々が大多数を支配する南アジア諸国では、平和の創造と民主主義を求める動きは切り離して考えることはできない」と。

 ハッサンさんら知識人は、軍事独裁政権の下、民主主義の確立のために逮捕や拷問を覚悟で闘ってきた。その延長上にインドとの信頼醸成に向けた活動があり、南アジアの非核化を求める反核運動もある。

 両国の関係が改善され和平が進めば、多くのパキスタン人は「インドによる侵略の不安」から解放され、過度の軍事費依存が自分たちの生活を苦しめていることに気づくだろう。教育が普及すれば、封建社会に生きる不平等や自由のなさにも矛盾を覚えるに違いない。

 メンバーとともに九年ぶりにラホールの自宅で会ったハッサンさんは、最近の市民意識の変化を挙げ、「印パ間の和平を求める機運は高まっている」と明るい声で話してくれた。

息長い交流へ

 二月二十五日から四日間、ニューデリーで開催された第七回の人民フォーラム会議。これには両国から「それぞれ約三百五十人が参加した」と電話で様子を知らせてくれた。会議での共同宣言には、両政府に「核軍縮を求める世界の世論に呼応して、南アジアの非核地帯化」を要望。「軍事費を大幅に削減し、社会セクターへの配分」を求めている。

 ハッサンさんをはじめ、パキスタンで出会った良心的知識人たちは「印パ市民の仲介役」としての被爆地広島・長崎、被爆国日本の役割に期待する。

 印パの人々の信頼醸成なしには、南アジアの非核化実現も、カシミール問題の解決もない。だが、そのプロセスにはなお長い時間がかかるだろう。不信から信頼へ、対立から融和へ―。両国を巡ったメンバーは、現地で出会った人々との息長い交流を通じて、印パの和平推進と核廃絶のために取り組みを続けていく計画である。

(2005年4月21日朝刊掲載)

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