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連載・特集

広島世界平和ミッション 米国編 NPT再検討会議 国超えきずな固く

 四月一日から米国各地を巡り反核・平和を訴えた広島世界平和ミッション(広島国際文化財団主催)の第六陣一行は、二十七日から五月五日まで、核拡散防止条約(NPT)再検討会議が開かれているニューヨークで活動した。イランなどの核兵器開発疑惑やテロ対策、進展のない核軍縮によってNPT体制は今、大きく揺らいでいる。こうした危機感を背景に国連本部のあるニューヨークへ駆けつけた世界各国の市民グループや、広島・長崎の被爆者らとともに、ミッションメンバーは文字通りスクラムを組んで平和行進に参加。独自に米政府高官に核軍縮の必要性を迫った。元国際司法裁判所判事とのインタビューを交え、再検討会議へのメンバーの取り組みをリポートする。(文・岡田浩一 写真・松元潮)

行進

ヒロシマの役割 再確認

 「私たちがほしいのは?」「ピース」―。摩天楼にシュプレヒコールが響く。NPT再検討会議開催前日の五月一日、ニューヨークのマンハッタンを平和行進が練り歩いた。

 戦争反対や核兵器廃絶を求めるスローガンを掲げたプラカードが並ぶ。目抜き通りを各国の活動家ら約四万人(主催者発表)が埋めた。その人波に、津田塾大三年の前岡愛さん(20)=広島市東区出身=らミッションメンバー三人もいた。国連本部前から約三キロ先のセントラルパークを目指す。

 一行は、ニューメキシコ州の反核市民団体「ロスアラモス・ピース・スタディー」の十人と一緒に行進。彼らは広島・長崎に投下された原爆を造り、現在も米核兵器開発の中枢を担うロスアラモス国立研究所の動静を監視し続けている。

 第六陣は旅の前半に同研究所を訪れ、ピース・スタディーの人たちとも交流し、友情のきずなが生まれた。今年八月六日には地元で、「ヒロシマ60周年」の反核集会を開く。メンバーは、彼らとともにそのチラシを沿道の市民に配りながら歩いた。

 カリフォルニア州のもう一つの核兵器開発拠点ローレンス・リバモア国立研究所周辺の住民グループ、ニューヨークで被爆証言した高校の生徒たち…。ほかにも旅で知り合ったなじみの顔と再会した。

 米国人でメンバーの広島YMCA職員スティーブ・コラックさん(50)=同市佐伯区=は、平和行進の熱い息吹に触発されるように、こう提案した。「帰国したら、平和ミッションの記事を英訳して、インターネットで発信しよう」。自らができる具体的な取り組みについて考えていた米国ダートマス大経営大学院に留学中の木村峰志さん(34)=同市安佐北区出身=も協力を約束した。

 セントラルパークの集会では、被爆者の村上啓子さん(68)=同市中区出身=も他のメンバーと合流。飛び入りでステージに上がり、日本被団協代表らの「ノーモア・ヒバクシャ」の訴えを、他団体の使節団として参加した被爆者数十人とともに後押しした。

 続いて、放射能汚染被害に苦しむ米国内の核関連施設の周辺住民やイラク戦争の退役軍人、米中枢同時テロの遺族らも相次いで登壇。核兵器廃絶や和解による紛争解決などを訴えた。

 村上さんは「それぞれの視点や関心から平和への行動を起こしている。彼らと連帯して、ヒロシマの訴えも強めていかなければ」と、世界の中での被爆地の役割を口にした。

厚い壁

「新たな脅威に対応」 米国高官、軍縮へ消極的

 平和ミッション一行は、NPT再検討会議開催に先立ち首都ワシントンで、同会議担当の米国務省不拡散局・多国間核問題室室長代行のリンダ・ガリーニさん(58)に会い、核軍縮への努力を要請した。が、返ってきた答えは核不拡散への取り組みばかり。その姿勢はそのまま会議に反映され、紛糾の大きな要因になっている。

 「再検討会議の最優先課題は、NPTを意図的に違反する国やテロ組織のような非国家主体への対応だ」。米政府で働いた二十八年余の大半を核不拡散問題と取り組んできた高官はこう切り出した。

 核軍縮と核不拡散はNPTの両輪である。二〇〇〇年の再検討会議で合意した核兵器廃絶への「明確な約束」、包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期発効など最終文書に盛り込まれた十三項目の核軍縮措置への対応を尋ねると、ガリーニさんはこう答えた。

 「過去五年間で世界は大きく変わり、十三項目の一部は時代にそぐわなくなった。新たな脅威への対応が求められる」

 大きな変化とは北朝鮮やイランの核開発問題である。「条約違反はNPT体制を覆し、世界の安全保障を脆弱(ぜいじゃく)化させる」と指摘。核技術を取引するパキスタンの「核の闇市場」、テロ組織による核兵器や核物質入手なども新たな脅威とみる。

 その防止のために国際原子力機関(IAEA)による査察強化や、核物質の輸出入管理体制の確立などが「再検討会議の課題だ」と強調した。

 メンバーはその対策の一方で、米政府の核軍縮への努力不足が「核拡散の一因になっている」と主張。核削減やCTBTへの批准を求めた。

 ガリーニさんは「米国は段階的に核兵器を減らしている」と述べ、再検討会議では米ロの戦略攻撃兵器削減条約(モスクワ条約)などに基づく核軍縮措置について、参加国にアピールしていくという。

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 実際、米政府は同会議で、ガリーニさんがメンバーに説明した通りの主張を繰り返した。彼女に被爆体験を語り、「広島・長崎の悲劇を胸に働いてください」と訴えた村上啓子さんは、終盤を迎えた会議の様子を伝える国連本部からのニュースに「米政府の壁はやはり厚い。でも、これからもアメリカの人々に直接語りかけていきたい」と話していた。

国際司法裁判所の元判事 クリストファー・ウィラマントリーさんに聞く

保有への固執は条約違反

 弁護士ら法律の専門家でつくる非政府組織(NGO)の国際反核法律家協会会長として、スリランカから国連本部へ駆けつけた国際司法裁判所(ICJ)の元判事クリストファー・ウィラマントリーさん(78)に、再検討会議の問題点などについて尋ねた。

  ―ICJは一九九六年、核兵器使用について「一般的には国際法違反」とする勧告的意見を出しました。核軍縮に消極的な核保有国の姿勢をどう見ますか。
 大量殺りく兵器の使用禁止は、大昔から各国の法律に盛り込まれており、国際法上も確立されたルールだ。それなのにまだ、核兵器保有に固執する国があるのは、おかしいとしかいいようがない。

  ―今回の再検討会議でも、核保有国の核軍縮への関心は薄いようです。
 NPTは核兵器を削減して廃絶することを最終目標としている。新たな核兵器の開発を進めるなど核保有国の態度は、明らかな条約違反である。特に米国が主張する核兵器による抑止は、うその論理だ。非核兵器国への核の先制使用も辞さない米国の戦略は、防衛より使用を前提としているとしか思えない。

  ―新たな核兵器保有国も現れそうですが…。
 既存の核保有国がルールを守らないからだ。核大国が条約を守らないのに、誰が守ろうか。核大国が姿勢を改めれば、国際的な核管理の流れが生まれてくるはずだ。それが今回の再検討会議の最も重要な課題だ。

  ―被爆国日本の市民は何をするべきでしょうか。
 九六年の勧告的意見の際には、日本から百万単位の署名がICJに届いた。保管のために部屋を確保したほどだ。それがとても効果的だった。ICJにもう一度、現在の情勢に添った勧告的意見を出すよう、署名とともに要請するなどの方法もあるだろう。

  ―今後はどのような活動を計画されていますか。
 今年十一月にはスリランカで南アジアの核問題を話し合う国際会議を開く。会場に原爆展を設ける計画で、証言をしてくれる被爆者も探している。

 <プロフィル>1926年、スリランカ・コロンボ生まれ。同国最高裁判所判事や豪州で大学教授などを歴任。91年から2000年年まで、ICJの判事を務める。03年から国際反核法律家協会会長。

思い受け継ぎ若者動く ミッション参加の4人 NYに集合

 NPT再検討会議中、これまでに平和ミッションに参加した若手メンバー四人がニューヨークに集まった。

 第一陣の津田塾大大学院生荊尾(かたらお)遙さん(22)=広島市安佐北区出身、第三陣の英国ブラッドフォード大大学院生野上由美子さん(32)=同区出身=と筑波大二年花房加奈さん(19)=広島市中区出身、第五陣の広島修道大大学院生佐々木崇介さん(22)=同市安佐南区。

 花房さんは四月二十七日から五月十二日まで、横浜に拠点を置く反核市民団体「ピースデポ」の一員として、他の四人とともに国連に通い詰めた。国連内の委員会室で開いた「北東アジア非核地帯」実現に向けてのワークショップでは、写真撮影や録音などの記録係を務めた。

 「外国の市民団体のパワーを強く感じた」と言う。特に欧米の市民団体は、各国政府代表へのロビー活動などを精力的にこなした。「国連内で、政治的に影響を及ぼすような行動をしている日本人の姿が少なかったのは残念。もっと被爆国の若者が関心を持てるように、国内でも活動したい」

 花房さんが世界に目を向けるきっかけは昨年七月、平和ミッションで英国、フランス、スペインの三カ国を訪ねた体験だった。今は同世代への働きかけの大切さを痛感。母校の筑波大のゼミ担当教員に頼んで、二十四日には再検討会議の実情を報告する。

 花房さんと一緒に旅をした野上さんは、英国最大の反核団体「核軍縮キャンペーン(CND)」の一員として、十一日からニューヨークにとどまり、会議の行方を追う。

 南アフリカ共和国とイランを巡った荊尾さん、インドとパキスタンを行脚した佐々木さんは被爆地の「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」の一員として参加。一足先に帰国した二人も、大学などそれぞれの場で体験を語るなどしている。

 平和ミッション参加をステップに、世界を舞台に反核・平和のために行動する若者たち。被爆者らの思いは、若手メンバーへと着実に受け継がれている。

  (2005年5月24日朝刊掲載)

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