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連載・特集

広島世界平和ミッション 米国編 核戦略の現状と展望 「使える核兵器」に力点

 二〇〇一年初頭のブッシュ米共和党政権誕生後、中枢同時テロを挟んで、米国の核戦略は顕著な変化を見せた。その根幹をなすのが、同年末にブッシュ政権が米議会に提出した秘密報告書「核態勢の見直し(NPR)」である。米国内の反核市民団体や新聞などによって次第に明らかにされた概要には、「使える核兵器」の開発、現有核兵器の新鋭化、核実験再開の準備期間の短縮などが盛り込まれていた。テロや「ならず者国家」からの防衛を口実に進められる新たな核戦略。広島世界平和ミッション(広島国際文化財団主催)の第六陣一行は、米滞在中に反核活動家や政治関係者らを訪ね、現政権が進める「危険な政策」の中身を探った。(文・岡田浩一 写真・松元潮)

「グローバル・セキュリティー」 ジョン・パイク代表に聞く

攻撃対象に7ヵ国明示

 「どの筋を通して手に入れたかって? そりゃあ、ファクスを通してに決まってるだろう」。首都ワシントンの反核市民団体「グローバル・セキュリティー」のジョン・パイク代表(51)は、ビル地階にある小さな事務所内に、豪快に笑い声を響かせた。

 二〇〇二年三月、全文で五十六ページあるといわれる「核態勢の見直し(NPR)」文書の大部分を、ホームページ上で公開。世界が米戦略の大幅な転換に驚いた。ラムズフェルド国防長官は、国家機密を漏らした「米連邦刑法違反だ」として激怒したという。

 「NPRはこれまで表ざたに言ってこなかった米国の本音を率直に表した内容だった」と分析する。例えばNPRは、イラン、北朝鮮など七カ国に対して核兵器を使用する非常事態計画を準備するとしている。だが、それは米国が九五年に非核保有国を核攻撃しないと表明した「消極的安全保障」の考えを覆すものだ。

 「でも、消極的安全保障など誰も信じていなかっただろう」とパイクさん。事実、イラク戦に参加した空母には、爆発威力が調節できる水爆が搭載されていた、という。「毒ガス兵器で米国兵士が死ねば使っていたさ」

 メンバーの一人が「他の民間研究所の研究員によれば、地中貫通型核兵器などにテロを抑止する効果があるとする声もあったが…」と尋ねた。パイクさんは「そいつは大学の学費を無駄にしたな」と冗談を飛ばして続けた。

 「テロリストの居場所が分かれば、米国の強大な通常兵力でやっつけられる。しかし居場所が分からず、命を惜しまない人間を押し止めるのに、核兵器は役に立たない」

 パイクさんはケンタッキー州生まれ。六二年、九歳でキューバ・ミサイル危機を体験。妹と自宅の地下室に隠れて以来、核の脅威に目覚め、やがてその脅威と向き合う活動を続けるようになった。五年前にグローバル・セキュリティーを設立。メンバーは十一人と学生十人足らず。寄付金は受けず、ホームページ上に広告掲載を募って得た収入で運営する。

 「一匹おおかみ」として知られる。トレードマークの黒シャツは、世界の戦争犠牲者への喪服だ。

 「日本は陶芸技術などの文化を国宝として守っているだろう? 米国は膨大な金と時間を核兵器開発に費やした。いわば、核兵器が国宝なんだ」。パイクさんは悲しいユーモアを自国に浴びせた後、真顔で結んだ。

 「何千個もの核弾頭を抱えてないと安心して眠れない。そんな核兵器国や保有を目指す国の指導者の考え方を変えるのが私たちの役目だ」

上下両院 議員事務所で聞く

地中貫通型 議会に異論

 平和ミッションのメンバーは、首都ワシントンとオハイオ州コロンバス市で、上下両院の国会議員計四人の事務所を訪ね、核兵器開発をやめ、核兵器廃絶を実現するよう訴えた。

 ワシントンの中心部。壮麗な国会議事堂の脇に、下院の議員会館がある。そこで防衛予算配分委員会委員で民主党の女性議員マーシー・キャプチャーさん(オハイオ州)を訪問。議会中の議員に代わり、メンバーに対応したのは防衛政策担当秘書のリチャード・ショートさん(26)だった。

 二〇〇五年度、ブッシュ政権が予算を要求した地中貫通型核兵器の調査費は、下院が却下した。反対の急先鋒(せんぽう)は、ブッシュ大統領と同じ共和党のタカ派議員だった。要求額は今後五年間で約五億ドル(約五百二十五億円)に上る。「膨大な無駄に、共和党を含め下院は反対の声が強い」とショートさんは説明する。

 政府側は〇六年度も予算要求をするとみられるが、下院は再び却下する見通しだ。「ブッシュ政権は、民衆の声は移ろいやすいので、主張し続ければいずれは通ると思う傾向が強い」と話す。メンバーは「負けずに反対を」と申し入れた。

 昨年の大統領選ではブッシュ陣営が勝利を収めたオハイオ州。その州都コロンバスで、共和党のマイケル・ドワイン上院議員の地元事務所へ。秘書のスコット・コービットさん(33)に会った。

 核軍縮の促進を求めたメンバーに、コービットさんは「米国が核を捨てても、北朝鮮が核保有をあきらめる保証はない」と、現政権を支持する議員の立場を代弁した。

 被爆者の村上啓子さん(68)は体験を語り、「現在の米国は身勝手に見える。核廃絶を願う被爆地の思いを議員に伝えてください」と託した。他の議員二人の事務所でも、秘書らに被爆体験を伝えた。

「核時代平和財団」ワシントン支部 カーラ・オングさんに聞く

冷戦時の1.5倍 予算費やす

 カリフォルニア州サンタバーバラ市を拠点に二十三年間、平和・核問題に取り組んできた「核時代平和財団」は、今年四月初め、首都ワシントンに支部を開設した。ミッションメンバーは、支部初の訪問客として歓迎を受けた。

 一人で切り盛りするエネルギッシュなカーラ・オングさん(26)。彼女は首都進出の背景をこう説明した。「現政府は誤った方向へ進んでいる。政策決定に携わる国会議員へ直接、効果的に働きかける必要があった」。同財団に限らず、反核市民団体の多くは米核戦略の現状を危険視している。

 オングさんは一週間余で、約九十人の政府高官や政治家に会ったという。地下貫通型核兵器などの新しい核兵器開発を押しとどめるための説得が目的だ。

 「核兵器用の年間予算は四百億ドル(約四兆二千億円)。冷戦時の一・五倍が費やされている」と試算。大半は核兵器を管理するための経費や核弾頭の延命、新鋭化などに充てられているとみる。

 さらに「他の予算にも核兵器関連の予算が忍ばせてあり、把握しづらい」とも。例えば、地下貫通型核兵器の投下実験は核弾頭を使っていないから、空軍の予算に計上される。オングさんは共和、民主両党の議員に核兵器関連の予算をカットするよう説得するため、ロビー活動に奔走する。

 米中枢同時テロ以降、米国は右傾化を強めているが、同財団を経済的に支援する会員は逆に増えている。ブッシュ大統領再選後は特に、約千人が新規加入したという。

 「市民の大半は核兵器が安全をもたらすと信じている。でもテロ後、私たちの平和財団は、米国が核兵器保有を正当化する限り、他国も保有を望むと強調してきた」と説明。「危険な時代だからこそ、市民教育の重要性が増している」と力を込めた。

米核兵器関連年表

1942年    原爆製造計画「マンハッタン・プロジェクト」始まる
  45年 7月 初の原爆実験に成功
      8月 広島・長崎に原爆投下
  54年 3月 中部太平洋ビキニ環礁で水爆実験。日本のマグロ漁船「第五福竜丸」の乗組員らが被曝(ひばく)
  62年10月 キューバ・ミサイル危機起きる
  63年 8月 米ソ英3カ国で部分的核実験禁止条約が成立
  68年 7月 核拡散防止条約(NPT)が成立、70年に発効
  72年 5月 米ソが第1次戦略兵器制限条約(SALT―1)と弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約に署名
  79年 6月 米ソが第2次戦略兵器制限条約(SALT―2)に署名
  87年12月 米ソが中距離核戦力(INF)廃棄条約に調印
  91年 1月 湾岸戦争起きる
      7月 米ソが第1次戦略兵器削減条約(START―1)に署名
     12月 ソ連崩壊
  93年 1月 米ロが第2次戦略兵器削減条約(START―2)に署名
  95年 5月 NPT延長・再検討会議でNPTの無期限延長が決まる
  96年 9月 包括的核実験禁止条約(CTBT)を国連総会で採択
  99年10月 米上院がCTBT批准を否決
2000年 5月 NPT再検討会議で「核兵器廃絶への明確な約束」など13項目の核軍縮措置を盛り込んだ最終文書を採択
  01年 9月 米中枢同時テロが発生
     12月 米政府がABM条約からの脱退を通告
     12月 ブッシュ政権が「核態勢の見直し(NPR)」を議会に提出
  02年 5月 米ロが戦略攻撃兵器削減条約(モスクワ条約)に調印
  03年 3月 イラク戦争起きる
     11月 10年ぶりに5キロトン以下の小型核兵器研究を認める04年度国防予算案を計上
  04年11月 米下院議会が05年度国防予算案のうち新型核兵器関連予算を全額削減
  05年 5月 NPT再検討会議が決裂し、最終合意文書を採択できず

「核態勢の見直し」の中身 兵器の垣根あいまいに

 「核態勢の見直し(NPR)」では、戦略計画を冷戦当時の核攻撃への反撃能力から、テロリストや「ならず者国家」による「不測の事態」を抑止して、米国と同盟、友好国を守る能力へと変更した。

 これに伴い、大陸間弾道ミサイル、潜水艦発射弾道ミサイル、戦略爆撃機というこれまでの運搬手段である戦略核体制の「三本柱」は残しながらも、新しい三本柱の確立を主張する。

 具体的には①核兵器と非核兵器による攻撃的打撃力システム②ミサイル攻撃に対する防衛システム③核兵器の開発、改良、生産などの基盤整備―の確立である。

 核兵器と非核兵器の統合運用は、両者の垣根をあいまいにする点で危険視する声が高い。

 核兵器開発では、地中深くに設けられた標的を破壊する地中貫通型核兵器、いわゆる「バンカーバスター」を重要視。水爆の起爆装置となるプルトニウム・ピットの生産体制整備や、核実験の再開準備期間も大幅な短縮を目指す。

 また、核兵器の攻撃対象国として中国、ロシア、イラク、北朝鮮、イラン、リビア、シリアの計七カ国を具体的に挙げた。

現政権の政策 「軍縮協会」ダレル・キンボール代表が分析

軍縮の視点持たず

 米国は旧ソ連と結んだ一九九一年の第一次戦略核兵器削減条約(START―1)に従って、配備されていた戦略核弾頭約一万個を、二〇〇一年までに六千個まで削減した。九三年に米ロは第二次戦略核兵器削減条約(START―2)に調印したものの、〇一年に米国が弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約から一方的に脱退した影響で失効した。

 米ロ戦略攻撃兵器削減条約(モスクワ条約)が〇二年に成立。米国は一二年までに配備中の戦略核弾頭を二千二百―千七百個まで減らすことを決めた。しかし、同条約は配備からはずされた核弾頭の廃棄を義務づけておらず、米ロ両国とも削減した核弾頭を再配備できる。

 一二年の米国の戦力は、配備された核弾頭二千個のほかに、原子力潜水艦の修理で一時的に配備からはずされている二隻分の核弾頭や、短期間で配備に戻せる核弾頭などが維持される。

 首都ワシントンで訪ねた市民団体「軍縮協会」のダレル・キンボール代表(41)は「今後の見通しでは、戦術核兵器も弾頭千―五百個分が配備されるほか、保管分もある。米国は他国ともっと早期に軍縮を話し合う必要がある」と指摘した。

 その重要な契機として核拡散防止条約(NPT)再検討会議はあった。だが、キンボールさんは「ブッシュ政権は、米国が問題視する国々の核問題を解決する道具としてしかNPTを見ておらず、軍縮の視点を持っていない」と自国政府の姿勢を非難した。

(2005年5月30日朝刊掲載)

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