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広島世界平和ミッション 米国編 第1部 アフター9・11 <2> テロ抑止 核兵器の脅し効果なし

 首都ワシントンのモントレー国際大学院ワシントン支部は、九階建てビルの最上階にあった。ロビーの窓から繁華街が一望できる。

 小柄な男性が急ぎ足で廊下を近づいてきた。別の会議を終えたばかりの支部長のローレンス・シャイマン博士(71)だった。

 フォード、カーター、クリントンと三人の歴代大統領の政権当時、核軍備管理などの分野で政権実務を担当。国際原子力機関(IAEA)の事務局長特別顧問も務めた。二〇〇一年のブッシュ政権誕生後、大量破壊兵器の研究で知られる同大学院へ迎えられ、核政策の研究を続けている。

政策の特徴■

 「ブッシュ政権の核政策の特徴は、核兵器を日常的に使える兵器に変えていこうという点にある」とシャイマンさんは指摘する。

 米ソ冷戦終結で、国家間が大陸間弾道ミサイルを互いに発射する危険はほぼ去った。米中枢同時テロ後、米国の関心はテロ組織や「ならず者国家」という潜在的な脅威の抑止に向いている。

 シャイマンさんは「テロリストが潜む小さな町に、冷戦当時さながらの巨大な破壊力の核爆弾を使うのは非現実的に映る」と説明する。

 「テロ抑止には、米国が核兵器を使う可能性を、テロリストに信じ込ませる必要があると、現政権は考えているようだ」とも。限定した小さな地域を攻撃するための小型、低威力の核兵器の開発によって「真実味」を持たせる方針である。

 米国ダートマス大経営大学院に留学中の会社員木村峰志さん(34)が「使える核兵器という以上、いつか実際に使用するのではないですか」と聞いた。

 博士は顔を横に振って答えた。「現政府で働く友人に聞いたが、大統領は使用する目的で開発するのではなく、あくまで抑止効果に期待しているようだ」

 シャイマンさんの解説は、現在のブッシュ政権の考え方を、かつて冷徹な政治の場に身を置いた者としての経験に照らして読み解いたものだ。博士自身は現政権の主張は支持していない。

 「自殺行為も辞さないテロリストに、そうした脅しが通用するかは疑問だ。核兵器はテロ抑止対策には役立たないよ」とあきれたように話した。さらに「テロ抑止には、核物質を渡さないための管理強化の方が急務だ」と力説。当面は原子力発電用燃料としても必要性が低いプルトニウムの製造中止なども訴えた。

 ただ、現政権の政策に納得はしていない一方、核兵器廃絶の早期実現にも懐疑的だった。「ロシアは非戦略核を相当数保有し、中国は保有数すら明らかにしていない。廃絶できないのは米国の責任ばかりではない」

廃絶は無理■

 そして次の言葉にメンバーの表情が一変した。「私たちが生きている間の廃絶は無理だ」。研究者としての現実的な判断からの発言だろう。

 しかし、津田塾大三年の前岡愛さん(20)は強く反発した。「まったく賛成できません。新しい核兵器を開発しようとする米国の姿勢こそが、廃絶を遠ざけているんじゃあないですか」。廃絶に必要なのは、世界の核状況の分析より政治的な意志だと訴える。

 被爆者の村上啓子さん(68)も力を込めて言った。「いっときでも早く核の脅威をなくす努力をすることこそ、世界を制していると自認する米国の取るべき態度ではないですか…」

 今はシャイマンさんが政策決定の立場にないのは分かっていた。それでも、国際政治の冷徹な現実を口にする博士に、思いを吐き出さずにはいられなかった。

(2005年5月31日朝刊掲載)

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