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連載・特集

広島世界平和ミッション 米国編 第1部 アフター9・11 <4> 遺族会 報復の心捨て和解探る

 「私たちの活動目的は、暴力の犠牲になった人々に働き掛けて、仕返しを防ぐことです」

 米中枢同時テロの犠牲者遺族会「ピースフル・トゥモローズ」共同代表のコリーン・ケリーさん(42)は、ニューヨーク中心部の事務所でミッション第六陣メンバーらに語り掛けた。会員は約百八十家族。犠牲者約三千人に比べると少数派である。

 救命活動中に殉職した消防士や警察官の遺族会は、イラク戦争を支持し、母国の安全保障の強化を強く訴えている。

意見が二分■

 「憎しみを乗り越えられない人はたくさんいるわ」。会員で国連職員のロビン・デラロッカさん(45)は率直に認め、自らの家庭内での葛藤(かっとう)を話し始めた。

 当時、妊娠四カ月のめい(29)を失った。二〇〇三年三月、イラク戦争が始まったその日、テレビのニュース番組を見ながら、夫が十歳になる息子に言った。「テロリストを手助けし、家族の命を奪ったイラク人を殺すのはいいことだ」

 デラロッカさんはあわてて口をはさんだ。「それは解決方法じゃない」。イラク人をいくら殺しても、めいは帰ってこないことを懸命に説明したという。

 デラロッカさんは「例えば、広島・長崎への原爆投下は米国では正当化されています。でも、良い戦争や良い爆弾なんてないの。それを息子に分かるように説明するのが私の務めです」と涙のエピソードをくくった。

 こうした考えのぶつかり合いが家庭内でさえある。ましてや米国内では、市民の間にイスラム教徒への憎しみと不安が高まっている。米国の大学院に留学中の会社員木村峰志さん(34)は「今の状況下で、多くのアメリカ人を説得する言葉を見つけるのは容易ではない」と、一年間の米滞在経験を基に打ち明ける。

 ケリーさんは「イラク戦争の是非については、さまざまな意見があるでしょう。でも、罪のない市民を殺すのは間違っていることは揺るぎない事実」と力説する。その点で原爆も、テロも、イラク戦争も、世界のさまざまな紛争も通じ合う。

 ピースフル・トゥモローズは報復の連鎖を断ち切る活動として、高校生や大学生を対象にワークショップを始めた。空爆を受けたアフガニスタンの記録映画を上映して意見を交わす。昨年は計八回、学校や教会で開いた。

 とりわけその活動に熱心なのが、メンバーを世界貿易センタービルの崩壊現場へ案内してくれた高校教諭のブルース・ウォレスさん(63)だ。

 「攻撃を受けている現地の一人一人の顔が思い浮かべられるように実態を伝えることが大切」とウォレスさん。若者に暴力の現実を理解させる作業でもあるという。

 被爆証言や原爆映像などを通して、きのこ雲の下で何が起きたかを伝えるヒロシマ学習の手法に似ていた。

NOと行動■

 「あなたに贈り物があるの」。被爆者の村上啓子さん(68)が、バッグから白い包みを取り出した。ケリーさんは入っていた四つ葉のクローバーを見た途端、口を押さえて泣きだした。

 三十歳で亡くなった弟の腰には、クローバーの入れ墨があった。ケリーさんはテロ後、同じ入れ墨を施して、悲しみを乗り越え、周囲からの逆風にも耐えてきたという。

 村上さんはテロから半年後に、広島からの使節団の一員としてテロ現場を訪ねた。その時、ケリーさんから聞いたエピソードを覚えていた。クローバーは今回の旅の途中で摘んだという。

 村上さんのエールに、ケリーさんは応えた。「世界へ出掛ける被爆者の行動に感謝しています。私たち遺族も大量破壊兵器や市民を狙う暴力にNOといい、行動し続けたい」。二人の抱擁はいつまでも続いた。

(2005年6月2日朝刊掲載)

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