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知られざるヒバクシャ 劣化ウラン弾の実態 第1部 超大国の陰 米国 <5> 27分の命 長男らに先天的障害 危険知らずに出産

 「ここに息子が眠っているのです」。ロバート・ウエストさん(36)は、そう言うと広大な墓地へと車を乗り入れた。テネシー州の州都ナシュビル市の南東。静閑な墓地の一角に、目指す墓はあった。

 「マイケル・リー・ウエスト 1995年1月18日 永遠に私たちの心に」

 小さな石碑にくっきりと刻まれた名前。「わずか二十七分の命だった。私の腕の中で息を引き取ったのです」。しゃがみこんだウエストさんは、手で文字をなぞった。

長女も耳が不自由

 マイケルちゃんの腎臓(じんぞう)は、母親の胎内で十九センチにも肥大。このため他の臓器が圧迫され、正常に発達しなかったのだという。

 「実は私にはもう一人子どもがいるんですよ。七歳になる長女のジェシカです。今は四年前に離婚した母親のバーバラと一緒に住んでいるけど、娘も生まれた時からほとんど耳が聞こえなくて、ずっと耳に管を入れたままです」

 ジェシカちゃんは、ウエストさんが湾岸戦争に参戦して二年後の九三年に生まれた。当時のウエストさん夫妻には、二人の子どもが生まれる間に流産の経験もあった。

 湾岸戦争では、陸軍戦車部隊で劣化ウラン弾を扱っていた。「生存者の確認のために、破壊したイラク軍戦車の中を、いつものぞき込んでいたよ。どれだけ劣化ウランのちりを吸い込んだかしれない」

遺伝学者にも相談

 ウエストさんの体調は、イラク南部になお駐留中の九一年四月ごろから崩れた。激しい頭痛、下痢、関節の痛み…。六月にドイツの米軍基地へ戻り、九四年二月に除隊するまで、ほとんどをドイツで過ごした。バーバラさん(31)は、妊娠の都度ナシュビルに戻り、実家で大事を取った。

 「バーバラはセックスの度に、下腹部が燃えると言って苦痛を訴えた。きっと自分が中東から悪いものを持ち帰ったのだろう。二人ともそう思っていた。でも、本当の理由は何も分からなかった」

 マイケルちゃんが生まれた直後、二人は地元の大学病院の遺伝学者に相談した。どちらかが遺伝的な腎臓疾患を持っているのかもしれない、と言われた。しかし、どちらの家族にも腎臓を患った者はいなかった。

 「放射線か何かによる遺伝子の突然変異によるものではないか」。ウエストさんの質問に、その女医は「十分可能性はあるけど、私の理論はまだこの病院では支持されていない」と、カルテには記載しなかったという。

 ウエストさんの健康状態は、徐々に下降線をたどった。九六年の離婚後は、ナシュビルから北へ約二十五キロの小さな町、グッドレッツビルの古里へ戻り、母と日用品店を経営。その傍ら、スクールバスの運転手も務める。

集会で初めて知る

 「娘のためにバーバラとは、何でも話し合っている」というウエストさん。九七年には、ケンタッキー州で開かれた湾岸戦争退役軍人と家族のための集会に二人で参加した。そこで初めて、退役軍人のほかの妻たちの中にも、性交の際に下腹部に痛みを覚えたり、流産や先天的障害を持った子どもを出産している事実があるのを知った。

 「二人とも目からウロコが落ちるという感じだった。それにしても、なぜ軍や政府は、劣化ウランなどの危険について事前に教えなかったのか。私も彼女も怒りを抑えることができなかった」

 教えてくれてさえいたら、妻や子どもにまで影響を及ぼさなくても済んでいただろう―。マイケルちゃんの石碑を見つめるウエストさんの目が、そう訴えていた。

(2000年4月8日朝刊掲載)

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