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知られざるヒバクシャ 劣化ウラン弾の実態 第1部 超大国の陰 米国 <7> 防護テスト 教育ビデオは日の目見ず 軍は世論反発危ぐ?

 アラバマ州の小都市、ジャクソンビル市中心部にあるジャクソンビル州立大学。物理・地球科学部教授のダグラス・ロッキーさん(50)は、大学院生の指導を終え、研究室に戻ると「まず、このビデオを見てほしい」と、書棚から一本のビデオを取り出した。

 保健物理学者として三年前まで陸軍で働き、今も陸軍少佐の肩書を保持する予備役である。

 「劣化ウラン弾による汚染から兵士を防護するために製作した、十五分の教育用ビデオだよ。プロジェクト・ディレクターとして、一九九四年から二年がかりで作った」

戦場での対処説く

 劣化ウラン弾が命中し、火球に包まれて燃え上がる戦車、宇宙服のような防護服、防護マスクに身を包み、破壊された戦車に近づく兵士…。ネバダ州のネバダ核実験場で実施したテストの映像を盛り込みながら、劣化ウラン弾の特性や安全な扱い方、実際の戦場での対処の仕方などが分かりやすくまとめられている。

 「このビデオのほかに、実験結果を基に劣化ウラン弾に対する兵士のトレーニング、健康チェック、汚染された戦車などのクリーンアップに関するカリキュラムを作成して軍に提出した。すべて軍のトップからの指示によって取り組んだものだ」

 ロッキーさんが、最初に劣化ウラン弾の問題に直面したのは、九一年の湾岸戦争の終結直後だった。友軍の誤射などで破壊された戦車や戦闘用装甲車などを、サウジアラビアから船で米国に持ち帰る「特別作戦チーム」の現場責任者に任命された時である。三月半ばから三カ月で、二十四台を処理。この時、作業に従事した約二百五十人は、全員劣化ウランの微粒子を体内に取り込んでしまった。

 「劣化ウランについての基礎的な知識はあったけど、本当の危険はまだ知らなかった。上官は安全だと言うし、外気温が四〇度以上にもなり、持っていた簡易防護マスクもほとんど使わなかったのが現実だ」

テストで危険知る

 すでに中東にいる時から気管支に異常を感じていた。しかし、それは単にほこりっぽい環境に身を置いていたからだという認識しかなかった。劣化ウランの危険を本当に知るのは九四年、実際にテストを始めてからである。

 劣化ウラン弾が戦車を貫通すると、戦車内の兵士は仮に火球や爆発から逃れても、一メートル先も見えないほどのウランの微粒子に包まれ、体内被曝(ばく)を免れない。一ミリの千分の一というマイクロ単位の不可視の劣化ウランは、砲弾一個で半径四百メートル近くも飛び散る。特に二十五メートル以内の汚染がひどいという。

 「これが戦場だと近距離で何個もの劣化ウラン弾が使用される。だから周辺全体が危険地帯となってしまうんだよ」

 実験を基に、ロッキーさんらが作ったビデオなどの防護対策プログラム。それらは今、どの程度生かされているのか。

「すべて機密文書」

 「残念だけど、何一つ生かされていない。ビデオは九八年に軍が作り直し、カリキュラムはすべて機密文書扱いだ」。彼は、怒りをぶつけるように早口でまくしたてた。

 九六年ごろから軍部に対し、教育プログラムを実施するよう強く要請し始めたロッキーさん。だが翌年、所長を務めていた軍の研究所を閉鎖され、失業する憂き目に遭った。

 教材が活用されないのは、ロッキーさんらの提言があまりにも深刻で、コストがかかりすぎるためらしい。

 「むろん、コストもある。それに劣化ウラン弾を兵士がむやみに恐れたり、国際世論の高まりで武器が使えなくなることへの懸念があるからだよ」。ロッキーさんは、ずばり言ってのけた。

(2000年4月11日朝刊掲載)

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