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連載・特集

知られざるヒバクシャ 劣化ウラン弾の実態 第1部 超大国の陰 米国 <10> ロビー活動 病との因果関係追求 政府に補償求める

 落葉樹に囲まれたバージニア州フェアファクス市の自宅裏のベランダで、ポール・サリバンさん(37)は、一人娘のエアーインちゃん(4つ)とたわむれていた。

 「このところ、ずっと忙しくてね。下院議会の公聴会や、科学アカデミーでの証言とか…。日曜にこうして娘と過ごすのが何よりのストレス解消法だよ」。サリバンさんはそう言いながら、妻のダニエルさん(34)に娘をあずけ、そばのいすに腰を下ろした。

全米の60団体結集

 米国各地に散らばる六十の組織からなる「全米湾岸戦争リソース・センター(NGWRC)」の事務局長。職場は自宅から東へ約四十キロ、ワシントン市街地の地下の一室にある。「スタッフはわたし一人。議会へのロビー活動から、メールの郵送まで何でもこなしているよ」と苦笑する。

 センターが誕生したのは一九九五年三月。慢性気管支炎などに苦しむサリバンさんら、湾岸戦争に参加した兵士たちが次々と発病するなか、情報交換や相互扶助を目的に、退役軍人や家族らによるグループが全米各地に生まれた。やがてインターネットで互いに結ばれ、五年前にテキサス州ダラスに約二百人が結集して旗揚げした。

 「米国は人類初の原爆を広島、長崎へ投下した。東西冷戦下の四〇~六〇年代には、太平洋やネバダ核実験場で二十五万人以上のアトミック・ソルジャーを生み出した。その上、湾岸戦争やコソボ紛争では、新たな放射能兵器まで使った」。サリバンさんは世界の多くの市民を巻き添えにし、自軍兵士をも犠牲にしてきた政府の核政策を厳しく批判した。

法の制定勝ち取る

 放射線の人体への影響について何一つ教えられなかった被曝(ばく)米兵。「彼らは病魔に侵されても『守秘義務』の縛りをかけられ、家族にさえ実験参加を伝えることができなかった」と言う。被曝米兵が特定のがんにかかった際に補償がもらえるまでに約四十年、ベトナム戦争で枯れ葉剤散布の影響を受けた退役軍人が補償されるまでに二十年以上の歳月がかかった。

 「われわれは彼らから多くの教訓を学んだ。そして湾岸戦争から七年後に、退役軍人病院での無料の病気治療と、疾病・障害年金を認める『1998年湾岸戦争退役軍人法』を勝ち取った」。サリバンさんらは、法制定を「一歩前進」と受け止める。

 一〇〇%の補償が認められると年間二万五千ドル(約二百六十七万円)ほどになる。だが、その数はわずか。しかも、劣化ウランによる放射能や重金属汚染と、疾病との因果関係が認められたケースは皆無である。

 「ペンタゴン(米国防総省)の意図ははっきりしている」とサリバンさんは言う。対戦車砲として優れる劣化ウラン弾を、軍は今後も使用する。武器製造企業の利益を図り、海外へも売り込む。放射性廃棄物であるウラン238の処理にも一役買う、というわけである。

兵器の廃絶が目標

 だが、最近の動物実験などから、劣化ウランの影響が判明しつつある。微量とはいえ、劣化ウラン弾に猛毒のプルトニウムが含まれている可能性も出てきた。こうした一つひとつの事実は、サリバンさんらが情報公開法などで得た資料から明るみに出たものだ。

 「これからも政府に病気の原因解明を求め続ける。そのことが、退役軍人や家族の病気治療、補償に役立つばかりでなく、非人道兵器の使用禁止にもつながっていくと信じるからだ」

 政府のごまかしを認めず、真実を求めようとするサリバンさんらの強い決意と行動力。その闘いは、軍事超大国アメリカが抱える足元の矛盾を正そうとする、正義と民主主義への挑戦でもある。(田城明) =第1部おわり=

(2000年4月14日朝刊掲載)

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