知られざるヒバクシャ 劣化ウラン弾の実態 第2部 裏庭の脅威 米国 <4> 疫学者の目 がん罹患、州内で高率 線量など追跡必要
00年4月27日
火曜日の午後。マサチューセッツ州コンコードから、州都ボストン市南部のリチャード・クラップさん(54)宅を訪ねた。放射線被曝(ばく)とがんの関連を研究する疫学者。ボストン大学医学部准教授として環境衛生学も教える。
「コンコード住民のがん罹(り)患率が、州内の他の地域より一般に高いというのは事実だ」。書斎の書棚から取り出した関連資料を手に、クラップさんは切り出した。「劣化ウランを扱うスターメッツ社(旧核金属社)への住民の関心が高まった折に、調査データを公表したこともある」
白血病などは2倍
クラップさんは一九八〇年に設立された州のがん登録センターの初代所長。八九年まで務め、この間に調べた八二年~八六年のコンコード男性の白血病と多発性骨髄腫(しゅ)の罹患率について「州の他地域に比べ、ほば二倍高い」と、九一年に明らかにした。
「人数は十人だけど、統計的には有意差がはっきりしていた。広島、長崎の被爆者のケースからも、白血病と多発性骨随腫は放射線に最も影響をうけやすいがんとして知られている」
クラップさんは類似例として四〇年代半ば以降、太平洋やネバダ核実験場(ネバダ州)で続けられた大気圏核実験に参加した被曝米兵や、汚染されたハンフォード核兵器工場(ワシントン州)で働いた労働者の事例を挙げる。どちらのケースも、二つのがんの増加傾向が明確に出ているという。
コンコード住民のがん罹患数については、地元の元電気技師ウィリアム・スミスさん(71)ががん登録を基に調べた八二年~九〇年の詳細な記録もある。九五年に公表されたそのリポートによると、州内平均に比べ甲状腺(せん)がん二・五倍、睾(こう)丸がん二・二倍、骨髄腫一・九倍、黒色腫一・八倍、脳腫瘍一・五倍、乳がん一・三倍などとなっている。
同じコンコード住民で、九五年から二年がかりで近所の約百世帯についてがん発症の実態を調べ、五十四人のがん患者を突き止めたジャネット・ケナリーさん(66)。彼女がまとめた記録をクラップさんに提示してみた。彼は大きな目をいっそう見開いて三枚の用紙にしばらく見入った。
「いや、これは驚くべき資料だね。こんな調査をしているなんて全く知らなかったよ」。同じ通りに住んでいた二、三十代の若者が、ほぼ同じ時期に四人もがんを発症する。うち三人は肺がん…。
退役軍人を調査中
現在、クラップさんらボストン大医学部環境衛生科のスタッフは、マサチューセッツ州在住の湾岸戦争退役軍人の病気と劣化ウラン弾などとの関連を調査研究中である。劣化ウランの微粒子が体内に入り、肺に着床すると肺がんを起こす可能性が高いことは知られている。それだけに、余計にコンコードの若者のケースが疑問に思えるという。
「でもね、私が調べたケースも含め、これだけでスターメッツ社を犯人と決めつけることはできないんだ」とクラップさんは付け加えた。「例えば、白血病や多発性骨随腫にかかった人がスターメッツ社の労働者なのか、近くに住んでいたのか。どの程度の被曝線量だったのかなど、本当はもっと追跡する必要がある」
一〇〇%の裏付けがなければ断定できないというのは、専門家として当然のことだろう。だが、クラップさんはこうも言った。
住民の勇気づけに
「核兵器関連工場や研究所、核燃料や核廃棄物施設、兵器の実射場や廃棄場、原子力発電所など、放射線にさらされる可能性のある地域の住民が、その問題に関心を寄せるのは当然のことだ。私たち医療専門家は、そうした人たちの懸念にこたえねばならない」
独立した専門家の支援。コンコードの住民や、湾岸戦争退役軍人らにとって、クラップさんのような研究者の存在が何よりの勇気づけとなる。
(2000年4月27日朝刊掲載)
「コンコード住民のがん罹(り)患率が、州内の他の地域より一般に高いというのは事実だ」。書斎の書棚から取り出した関連資料を手に、クラップさんは切り出した。「劣化ウランを扱うスターメッツ社(旧核金属社)への住民の関心が高まった折に、調査データを公表したこともある」
白血病などは2倍
クラップさんは一九八〇年に設立された州のがん登録センターの初代所長。八九年まで務め、この間に調べた八二年~八六年のコンコード男性の白血病と多発性骨髄腫(しゅ)の罹患率について「州の他地域に比べ、ほば二倍高い」と、九一年に明らかにした。
「人数は十人だけど、統計的には有意差がはっきりしていた。広島、長崎の被爆者のケースからも、白血病と多発性骨随腫は放射線に最も影響をうけやすいがんとして知られている」
クラップさんは類似例として四〇年代半ば以降、太平洋やネバダ核実験場(ネバダ州)で続けられた大気圏核実験に参加した被曝米兵や、汚染されたハンフォード核兵器工場(ワシントン州)で働いた労働者の事例を挙げる。どちらのケースも、二つのがんの増加傾向が明確に出ているという。
コンコード住民のがん罹患数については、地元の元電気技師ウィリアム・スミスさん(71)ががん登録を基に調べた八二年~九〇年の詳細な記録もある。九五年に公表されたそのリポートによると、州内平均に比べ甲状腺(せん)がん二・五倍、睾(こう)丸がん二・二倍、骨髄腫一・九倍、黒色腫一・八倍、脳腫瘍一・五倍、乳がん一・三倍などとなっている。
同じコンコード住民で、九五年から二年がかりで近所の約百世帯についてがん発症の実態を調べ、五十四人のがん患者を突き止めたジャネット・ケナリーさん(66)。彼女がまとめた記録をクラップさんに提示してみた。彼は大きな目をいっそう見開いて三枚の用紙にしばらく見入った。
「いや、これは驚くべき資料だね。こんな調査をしているなんて全く知らなかったよ」。同じ通りに住んでいた二、三十代の若者が、ほぼ同じ時期に四人もがんを発症する。うち三人は肺がん…。
退役軍人を調査中
現在、クラップさんらボストン大医学部環境衛生科のスタッフは、マサチューセッツ州在住の湾岸戦争退役軍人の病気と劣化ウラン弾などとの関連を調査研究中である。劣化ウランの微粒子が体内に入り、肺に着床すると肺がんを起こす可能性が高いことは知られている。それだけに、余計にコンコードの若者のケースが疑問に思えるという。
「でもね、私が調べたケースも含め、これだけでスターメッツ社を犯人と決めつけることはできないんだ」とクラップさんは付け加えた。「例えば、白血病や多発性骨随腫にかかった人がスターメッツ社の労働者なのか、近くに住んでいたのか。どの程度の被曝線量だったのかなど、本当はもっと追跡する必要がある」
一〇〇%の裏付けがなければ断定できないというのは、専門家として当然のことだろう。だが、クラップさんはこうも言った。
住民の勇気づけに
「核兵器関連工場や研究所、核燃料や核廃棄物施設、兵器の実射場や廃棄場、原子力発電所など、放射線にさらされる可能性のある地域の住民が、その問題に関心を寄せるのは当然のことだ。私たち医療専門家は、そうした人たちの懸念にこたえねばならない」
独立した専門家の支援。コンコードの住民や、湾岸戦争退役軍人らにとって、クラップさんのような研究者の存在が何よりの勇気づけとなる。
(2000年4月27日朝刊掲載)