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連載・特集

知られざるヒバクシャ 劣化ウラン弾の実態 第2部 裏庭の脅威 米国 <7> 健康障害 がん、関節痛…多い疾患 従業員や住民にも

 週末の朝。明るい光が差し込むアパート三階の窓辺から望むテネシー州ジョーンズボローの中心街は、閑散としていた。

 「教会も店もみんな古い建物だけど、このたたずまいが好きでね」。ポール・ハシュコさん(55)は、窓辺に気持ちよさそうに寝そべる愛犬をなでながら通りを見やった。町のごみ収集に当たる仕事日は早朝に出かけ、夕方まで大型収集車のハンドルを握る。

 「最近は関節痛が激しくなったり、目が悪くて体のバランスを欠いたりするんだ。みんなエアロジェット軍需テネシー(AOT)で働いていた時に吸い込んだ劣化ウランのせいだよ」

鼻紙が緑色に変色

 シカゴ生まれ、サンフランシスコ育ちのパシュコさんが、この地に移ったのは一九七九年。バージニア州ブリストルに住む妻の母親の面倒を見るためだった。翌年三月にAOTに就職。一年余り劣化ウラン弾貫通体の生産に従事した後、八一年五月、作業環境の改善を求め労働組合のストライキに加わった。

 「鼻をかんだ紙が、劣化ウランのために緑色をしていたよ。作業服に付着した粒子は、洗っても取れなかった」。ハシュコさんは、就職後しばらくして気管支の不調を自覚するようになった。

 会社との交渉は決裂し、収入がほとんど無くなり、妻の理解が得られぬまま八三年には離婚した。連邦労働委員会の調停に基づき、職場に復帰できたのは八六年。「作業環境はよくなっているだろう。そう思って戻った。安定した収入や健康保険が得られるのも魅力だった」と振り返る。

作業服250人分廃棄

 確かに五年前に比べ、作業環境は改善されていた。それでも事故や十分な防護措置を取らないため、規定の放射線量を超えて被曝(ばく)する者が相次いだ。作業服二百五十着分が高い放射線量を示し廃棄されたこともあった。

 六年半働いた末に白血病になった男性労働者。ハシュコさんのように関節痛や気管支障害を訴える者もいた。自らの体調不良に加え、安全面の不備を指摘する彼は社からにらまれ、九二年に再び離職した。

 八一年当時の職場仲間には、がんで闘病を続ける者もいる。「工場のそばに住む四十代の夫妻は、どちらもがん患者。ほかにも長く住む周辺住民には病気を抱える人が多い。近くには高校だってあるんだ…」

 それでも周辺住民の多くは、AOTが何を造っているかさえ、いまだに知らないという。劣化ウランのことも、放射線の人体への影響についても知る人は少ない。マサチューセッツ州コンコード住民がスターメッツ社に働きかけているような動きは、ジョーンズボローでは起きていない。

 「九三年に湾岸戦争の退役軍人の一人が、テレビで病状を訴えていた。関節痛、視野狭さく、頭痛…。あまりにも自分の症状と似ているのでショックだったよ」。ハシュコさんはそれ以後、地元の湾岸戦争退役兵の支援をしたり、他州に出かけて自身の体験を語ったりしてきた。

 そして昨年九月、ストライキから十八年ぶりに労働委員会の決定が下った。「会社に対し、労働者約百人が失ったこれまでの給料分と利子を払うように命じたんだ。われわれには朗報だったけど、AOTは決定に従わず控訴裁判所に訴えている」

国防への貢献誇り

 労働委員会の決定に対するAOTの見解や、生産状況などを知るため取材を申し入れたが、断られた。

 入手した九八年の会社概要には「これまでに高品質の大・中口径の貫通体を三千万個近く造ってきた」「砂漠の砂嵐(あらし)作戦では、その威力が証明された」「AOTは国防に貢献できることをこの上なく誇りにしている」と記す。

 ほこりにまみれて健康を失ったハシュコさんらの要求は、AOTにはなかなか通じない。

(2000年4月30日朝刊掲載)

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