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広島世界平和ミッション 米国編 第2部 反核の輪 <7> 日本核武装論 憶測を招く政府の姿勢

 「日本の核武装についてどう思うか」。男子学生が議論を吹っかけてきた。マサチューセッツ州ケンブリッジ市のハーバード大ケネディ行政大学院の教室。ミッション第六陣メンバーは平和授業を終え、帰り支度の最中だった。

 米国有数の大学院である。政府関連の仕事や企業を一時休業して、ステップアップのために学ぶ人たちも多い。教室の前に歩み寄ってきた学生も、口ぶりから米政府関係者のようだった。

 「北朝鮮は十年以内に原爆を二十個ぐらい持つ恐れがある」。学生は続けた。「このまま行けば、日本は核兵器を持ち、先制攻撃をしたいという気持ちがわいてくるはずだ」と主張した。

遠慮と打算■

 メンバーは、被爆国日本の国民には「核アレルギー」があり、核武装を簡単には認めないと説明。しかし、当の学生は「日本国内では平和憲法改正の動きもある。いつまでも米国の核の傘の下に居たくないと思っているはずだ」と反論した。

 米国を行脚中、反核運動にかかわる市民を含めさまざまな人々から日本の核武装を懸念する声を聞いた。が、「根も葉もない憶測」とは簡単に片づけられない。米国など海外の人々の目にそう映るだけの原因が、日本の振る舞いにあるようだ。

 首都ワシントンで出会った元米政府高官の口から、信じがたい話が飛び出した。「七年前に会った日本の政府高官は『北朝鮮が核兵器を持てば、次に核保有国になるのは日本だ』と話した」と打ち明けた。

 元高官とは、ある非政府組織(NGO)の事務所で会った。ソフトハットに使い込んだ革のかばんが、実直な法曹家であることを物語っていた。彼は一九七〇年代から政権の中枢で、核軍縮の交渉などに携わってきた。

 非核兵器保有国に対して先制攻撃をしない、いわゆる「消極的安全保障」について、米国が検討していた八〇年代後半の経験をさらに明かす。

 「米国が消極的安全保障を約束するように、友好国である日本が米政府へもっと働きかけるべきだ」。彼は日本政府の官僚にそう助言したという。しかし、官僚はこう答えた。「核の傘に守られている日本は、米国の政策に口を挟めない」

 発言の背景にあったのは、米国への遠慮だけではない。元高官は「ソ連や中国、北朝鮮からの攻撃を未然に防ぐ先制攻撃まで放棄すると、直接標的となる日本が困る、という計算があった」とみる。こうした核軍縮に対する日本のあいまいな姿勢が、核武装説に一層真実味を与える。

 被爆者の村上啓子さん(68)は「日本政府の姿勢がどうあれ、被爆地は核兵器廃絶を求める。そのためにどうすればいいのか、これからも助言をください」と伝えるのがやっとだった。

 米ダートマス大経営大学院に留学中の会社員木村峰志さん(34)は「原子力発電への依存度が高いのも誤解の要因では」といぶかる。

まず足元を■

 特に核兵器にも転用できるプルトニウムを、原発の使用済み核燃料から取り出す再処理工場(青森県六ケ所村)の稼働を推進する日本の姿勢に疑問を呈する声は強かった。日本はすでに海外での貯蔵分を含め約四十トンのプルトニウムを蓄積。核拡散問題が世界の大きな関心事だけに、より厳しい目が注がれている。

 「国際社会に説得力を持って反核を訴えるには、まず足元の日本の姿勢から固めないといけないな」と木村さん。津田塾大三年の前岡愛さん(20)は「今回の旅では米国や他の国の人たちから、日本では思ってもみなかった考え方を教えられた」とあらためて母国の核姿勢を見返し始めた。(文・岡田浩一 写真・松元潮)=米国編第2部おわり

(2005年6月16日朝刊掲載)

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